*クリプトコッカス髄膜脳炎は,もっとも頻度の高い真菌性 髄膜脳炎。
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山梨大学医学部神経内科講座
■ 「クリプトコッカス髄膜炎」で人生が一変
海の写真を撮ることが大好きだった薗部さん。もともと商工会議所に勤めていましたが、30代で心機一転。レジャーダイビングのインストラクターの資格を取得した翌年に、障害者向けのダイビングのインストラクターに転身し、仕事の傍ら、幻想的な海中の景色や生き物たちの写真を撮影していました。仕事も趣味も充実した日々を送っていましたが、2016年1月に事態は一変。突然、自宅で倒れ、病院に緊急搬送されました。医師から告げられた診断名は『クリプトコッカス髄膜炎』でした。
幸い、治療は無事に終わりましたが、後遺症として下半身の麻痺や視野の異常が残りました。障害者手帳2級で、外出時は電動車椅子を使用。松葉杖を使えば、多少歩けるレベルです。日常生活にはヘルパーが介入しています。

「もう一度、海や自然に戯れたい。ダイビングスーツを着て海に潜り、魚やウミガメが見たい」というもの。
病気を発症して以来、一度も海に行けていなかった薗部さん。かつて、障害者向けのダイビングのインストラクターとして多くの方をサポートしていましたが、今度は自分がサポートを受ける側になって、海や自然を楽しみたいというのです。
■ 水中で急変のリスクを承知で「それでも海に行きたい!
CaNoWスタッフは、早速旅行医の伊藤玲哉医師(トラベルドクター社代表)に経緯を相談。後日、旅行医が薗部さん宅を訪問して身体の状態をチェックし、次のように判断しました。「日常生活においても容易に息切れをしまう状態であったため、ダイビングの実施は難しいものの、マリンアクティビティであれば可能。しかし、脳梗塞や心筋梗塞など血管系がつまりやすいリスク、低体温症等のリスク、それに肥満・2型糖尿病もあるため、身体に水圧をかけることによる急変リスクは否定できない」
薗部さんは、旅行医から説明を聞いても、「それでもどうしても海に潜りたい!」と気持ちは変わらなかったため、プロジェクトは進行することを決定。
そこで、CaNoWスタッフは、障害者ダイビング指導団体の「HSA Japan」に相談。薗部さんの気持ちを理解してもらうことができ、一定の条件のもとでマリンアクティビティを受け入れてもらえることになりました。その条件とは、医師が付き添うこと、あまり深く潜らず、水中遊泳程度でとどめること、そして、万が一のためにフルフェイスマスクの装着することです。
また、プロジェクト当日に向けて、CaNoWスタッフと旅行医、HSAの担当者は打ち合わせを行いました。入水中のバイタルサインの変動、熱中症の予防、緊急時のための対応など一つ一つ検討し、入念に準備を整えました。
*ダイビングでは、目と鼻を覆う「ハーフマスク」と言われるマスクが主流。口にはレギュレーターという呼吸装置を装着する。今回は、マスクにレギュレーターが一体化されたフルフェイスマスクを使用。鼻と口の呼吸が可能で、恐怖やパニックを抑えやすい。

■ 久々の海に身を委ね、水中の景色を楽しんだ
プロジェクト当日。まずは、参加者全員が挨拶をかわし、この日のスケジュールについて説明します。途中、話がフルフェイスマスクに及ぶと、薗部さんは多少不安そうな表情に。「私も元々ダイバーなので、フルフェイスマスクの知識はあります。ただ、自分自身が装着するのは初めてで…。それに久々の海なので少し緊張しています」(薗部さん)

インストラクターが前方、側方、後方から介助し、ゆっくりと海に浸かります。膝辺りまで漬かると、徐々に腰をかがめて水に慣れていきます。旅行医は、薗部さんが水温で急激な体温変化を起こさぬよう目を離しません。

フルフェイスマスクを装着し、いざ潜水!海中では、インストラクターが薗部さんの後方から身体を支え、左右側方からサポートを続けます。
そして徐々に海底に潜っていくと、そこには青くて美しい、神秘的な世界が広がっていました。目の前で魚が泳ぎ、岩間には貝や海藻が潜み、海の生命力を感じていく…。
元ダイバーとしての感覚が蘇ったのでしょうか。インストラクターも驚くほど、水中を自由自在に動く薗部さんがいました。浮力に任せてゆったりと海に身体を委ねます。


■ 楽しかった!紫色の魚が見えた!
20分程度の潜水時間を満喫し、陸に戻っていく一同。CaNoWスタッフが「どうでしたか?」と言葉をかけると、「楽しかったよ!紫色の魚が見えた」と笑顔で即答しました。そして、興奮冷めやらぬ様子で「どの辺りまで潜っていましたか?」「そんなに潜れたんだ!」とインストラクターと一緒に、海に潜った喜びをかみしめました。

「また海と波と打ち解ける日が来るなんて思わなかった。正直、潜る前は楽しみ半面、不安もありました。でも、いざ勇気を出して潜ってみたら、陸上より水中の方が浮力もあるし、思っていた以上に楽に体を動かせたような気もします。
以前は一般のダイバーにティーチングやツアーをしたり、障害者をサポートする立場でしたが、自分がサポートを受ける側変わって、改めてサポートの力を実感しました。また、海に行きたい。いつか一人自由に潜れるようになりたいです」
旅行医からは、「今日が出発点だと思います。今日、泳いでいる姿を見て可能性を感じたので、今後も応援しています」とエールが送られました。
水中での急変リスクを懸念しつつ、万全な状態で臨んだ本プロジェクト。
これからも薗部さんのチャレンジは続いていくことでしょう。