遺伝性疾患情報の専門メディア「QLife遺伝性疾患プラス」は、サイトオープン2周年を記念し、『CaNoW』とともに患者さんの「願い」を叶える企画を実施しました。今回の主役、新潟県に住むひとみさん(44歳)は、高校1年生の頃に遺伝性疾患の「多発性嚢胞腎」と診断されました。以降、3度の手術で症状は落ち着き、息子の響くん(10歳)と平穏に暮らしてきました。しかし、ここ数年で病気が進行し、2021年の秋からは透析治療も開始しています。「自分が動ける今のうちに、息子と遠くに出かけたい」との願いを叶えるため、今回の企画に応募されました。

■ 腹部が膨らんで動きにくく、息切れや倦怠感も
多発性嚢胞腎は、腎臓に「嚢胞」と呼ばれる分泌物が溜まった袋ができ、それが徐々に増大。他の臓器を圧迫する遺伝性の病気です。進行すると腎臓の機能が低下し、やがて透析治療が必要となります。
ひとみさんのご家族は、お祖母様とお母様も多発性嚢胞腎を患いました。お2人は透析を始めて1年ほどで合併症により他界されました。もちろん透析開始後の予後は個人差がありますが、ひとみさんにとって透析がスタートしたことは「今のうちに息子と遠くに出かけたい」という思いを強くする出来事でした。
CaNoWスタッフはひとみさんとやり取りを重ね、遠出のハードルとなっている要因をお聞きしました。
「多発性嚢胞腎の影響で腹部が膨らんで動きにくく、貧血で息切れや倦怠感があり、長距離を歩くのが難しい」とひとみさん。遠出を躊躇せざるを得ない理由でした。
こうした悩みをクリアした上で、響くんとの思い出をたくさん作ってもらいたい――。そう考えたCaNoWスタッフは、ひとみさんが無理のない形で楽しめる体験メニューをたっぷり組み込んだ、八ヶ岳への1泊2日旅をプラニングしました。
■ 座ったまま楽しめる陶芸体験にチャレンジ
旅の初日、ひとみさんにとって電車の乗り換えは負担になるため、CaNoWスタッフが車で送迎しました。八ヶ岳のホテルに着くと、緑の木々、小鳥のさえずり。さわやかな自然が2人を迎えます。「楽しみで、昨夜はよく眠れませんでした」と笑顔を見せるひとみさん。
最初にトライしたのは陶芸体験です。座って楽しめるため、ひとみさんの体調に大きな負担がかからないとCaNoWスタッフは考えました。指導を受けながら、電動ろくろに置かれた粘土のかたまりを形成します。ちょっと力を加えるだけでみるみる形を変えていく粘土。取り組む2人の表情は真剣そのものです。

ようやく世界に一つだけの茶碗ができあがった時、響くんは自分の作品を指さして「どう?」と自信ありげな表情。ひとみさんは「いい形じゃん」と嬉しそう。仲むつまじい親子のお茶目な掛け合いでした。
その後、ホテルの庭へと繰り出します。CaNoWスタッフが選んだホテルは催し物が多く、宿泊先から移動しなくても様々な体験ができます。休みたい時は部屋に戻り、遊びたい時は外に出てフレキシブルに楽しめます。
この日はまず、庭にいるヤギとのお散歩体験。エサを見せると勢いよく押し寄せるヤギに、ちょっぴり押され気味の響くん。そんなユーモラスな光景を車椅子に座ったひとみさんが、のんびり見守ります。

お次は、焼きマシュマロ体験です。串に刺したマシュマロを火に近づけて焼くのですが、現代っ子の響くんはおっかなびっくり。「怖くないよ」と励ましながら、自ら手本を見せるひとみさんは、やっぱり頼れるお母さんです。

最後に挑戦したのがピザの窯焼きです。先ほどの焼きマシュマロとは違って、ピザ焼きを任されたのは響くん。ピザ生地にチーズをたっぷりトッピングし、高温の窯で焼き上げます。熱々の焼き立てピザは、親子でおいしくいただきました。
■ 青空の下、カヤック体験。助け合うことで深まる絆
一晩明けた2日目の午前。ひとみさんと響くんは、広い池のほとりに出掛けました。ここでカヤック体験にチャレンジします。体を動かすアクティビティですが、前日の陶芸同様、座ったままでも楽しめるため、ひとみさんの体に過度な負担がかかりません。
「頑張ろうね」と、ひとみさんに声をかける響くん。ライフジャケットを装着し、2人でカヤックに乗り込みました。

「左、右、左、右……」かけ声をかけながら、パドルを漕いで進みます。最初は少しぎこちなかった2人ですが、いつしか息もぴったりに! また、この日は爽やかな風が吹きながらも7月の晴天。別のカヤックで同行していたCaNoWの看護師スタッフが、「暑くないですか?」とひとみさんを気遣いました。
体験を終え、カヤックから降りるのにひとみさんが苦労していると、あうんの呼吸で響くんが引っ張り上げるひとコマも。普段からお互いを思い合っている様子がにじみ出る瞬間でした。
2日間の旅行中、響くんは車椅子を押したり荷物を運んだりと、ひとみさんを支えていました。そんな頼もしさに触れ、ひとみさんは響くんの存在をより心強く感じるようになったと振り返ります。
「ひびきとこれからも色々なところへ行ってみたい」というひとみさんの言葉からは、今回の旅が、2人の絆を深める時間となったことが伝わってきます。

この旅から数か月後、陶芸体験で作った茶碗が2人のもとに届きました。青みがかったデザインの本格的な作品です。ひとみさんは「この茶碗で新米を食べます」とのこと。食卓を囲むたびに、旅の思い出がよみがえりそうですね。

■ 透析治療中だからこそ、リフレッシュの時間を作れてよかった
最後に、ひとみさんの主治医である吉澤優太先生(小千谷総合病院付属十日町診療所 腎臓内科)からメッセージをいただきました。
「多発性嚢胞腎で透析を受けている患者さんは、どうしても病院にいる時間が長くなりますし、旅行へのハードルも高くなります。こうした制約がある中でも、なるべくご家族と過ごす時間や、外に出る機会を設けて、気持ちをリフレッシュできるといいですね。ひとみさん親子が、CaNoWスタッフのサポートを受けながら今回の旅を実現されたことは、大変素晴らしいと感じています」