
東北大学病院では様々な疾患の子どもたちが入院・治療を受けており、チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)の渡辺悠さん(写真一番左)と公認心理師の入江直子さん(写真一番右)は、医療チームの一員として子どもたちやご家族と関わっています。2022年のはじめ、同院小児医療センターの皆さんからCaNoWに一通の応募がありました。依頼内容は、小児がん(ステージⅣ)で入院している佐藤猛さん(大学生、仮名)の「旅行がしたい」という夢を叶えることでした。佐藤さんは治療のためなかなか病院の外に出ることができません。そこでCaNoW事務局では、旅の様子をオンラインで生中継することにしました。
■ 子どもが主体的に治療に取り組めるように支援する
CLSは、子どもたちが医療に主体的に臨めるように社会心理的支援を提供する専門職です。処置や検査を受ける子どもが心の準備ができるような介入や、一人ひとりに合わせた病気や治療の説明、遊びを用いた介入などを行いながら、子どもと家族が医療体験をうまく乗り越えていけるように支援をしています。
日本にはCLSの養成機関はなく、北米の大学か大学院で学び、北米の団体が認定する資格を取得する必要があります。日本にはまだ49人しかいません(2022年5月現在)。
東北大学病院でCLSを務める渡辺悠さんは、あるときネット上のCaNoWの記事をみつけました。応募の経緯についてこう語ります。
「普段から子どもたちが楽しめるイベントを企画することも多く、常に情報を探しています。小児医療センターのスタッフに『こんな支援をしている団体を見つけたのですが』と伝え、賛同を得た上で、CaNoWに連絡を取りました」
小児がんで入院している佐藤猛さんにCaNoWのことを提案すると、しばらく考えたのちに「鉄道旅行に行きたい」と希望を語られました。もともと佐藤さんは旅行が趣味で、特に鉄道や飛行機などの乗り物に乗っている時間が好きでした。しかし、小児がんの治療により外出は困難に……。

公認心理師の入江直子さんも、CaNoWを通して夢を応援したいと感じた一人。
「佐藤さんは、思い通りにならないことも病気を言い訳にせず、そのつど自分で軌道修正しながら前を向いて日々生活されていました。その姿をそばで見て、『何か佐藤さんの希望になることができれば』と思いました」(入江さん)

そこでCaNoW事務局が提案したプランが、観光列車旅のオンライン中継です。佐藤さんが乗りたいと思っていた「リゾートしらかみ」(JR東日本)に、CaNoWスタッフが乗車。スマートフォンを使って車窓の風景を撮影し、病室にリアルタイムでお届けするというものです。リゾートしらかみは、青森駅と秋田駅を結ぶ観光列車で、日本海の絶景を眺められることで人気です。
■ 駅のホームで、着ぐるみが出迎えおもてなし
7月某日。一緒に旅を視聴するため、佐藤さんのご家族が病室に集合しました。ベッドの目の前にある壁に、プロジェクターで映像を映し出します。タブレットも用意して、佐藤さんが寝転んだり姿勢を変えたりしても視聴できるようにしました。
さあ、いよいよ旅の始まり。まずは乗車地である青森駅近くの観光エリアを散策します。
立ち寄った物産館には、青森名物であるりんごのお菓子がずらり。
「アップルパイのいい匂いがします」
スマートフォンを片手にCaNoWスタッフが、現地の様子を臨場感たっぷりにレポートします。
立ち寄った「ねぶた小屋」では、8月に開催される青森ねぶた祭に備え、大型ねぶたを制作している真っ最中でした。コロナ禍のため、普段は観覧が制限されていますが、今回は特別にねぶた師の協力を得て、中に入れてもらえることに。目の前に現れたのは「風人雷神」のねぶた! 色彩豊かで迫力満点のねぶたを見ていると、勇壮な祭りの光景が浮かんでくるようです。

その後は青森ベイブリッジや、青函連絡船メモリアルシップ「八甲田丸」などの観光スポットを解説しながら海沿いを歩き、やがて青森駅に到着。改札を抜け、いよいよリゾートしらかみに乗り込みます。予約していたのは半個室タイプのゆったりとしたボックス席。大きな窓に向けてスマートフォンをセットします。


東能代駅(秋田県能代市)のホームに列車が滑り込んだ時、サプライズが!JR東日本秋田支社の協力のもと、PRキャラクターの着ぐるみが手を振って佐藤さんを出迎えてくれたのです。駅員の皆さんが「東能代駅さ、えぐ来てけだっすな~」(よく来てくださったな~)と書かれた横断幕を掲げてくださっています。心のこもったおもてなしから、佐藤さん歓迎の気持ちが伝わります。

その後も、列車は日本海沿いを走り続けます。窓のすぐそばには大海原。打ち寄せる波、彼方には水平線、自然の造形美といえる奇岩も出現し、変化に富む眺めは、飽きることがありません。雄大な景色に心洗われる、約6時間の列車旅でした。

■ 病院以外の人の力も借りながら、子どもたちの「やりたい」を広げたい
願いが叶うこの日、佐藤さんは体調への不安を抱えていました。中継が始まる直前までは“佐藤さんが楽しむことができるだろうか”と、ご家族・病院スタッフの間で緊張感が漂います。しかし、中継が始まるとその張り詰めた空気は一転します。その時の様子を「スクリーンに映し出される旅先の風景を見ながらご家族で話をするなど、リラックスした『いつもの佐藤家』の雰囲気でした」と入江さんは語りました。

今回の企画を振り返り、渡辺さんはこんな感想を寄せてくれました。
「体調の波がありながらも、佐藤さんは旅の実現を楽しみにしていました。その姿を見ていて私もとても嬉しかったです。佐藤さんのペースに合わせて楽しめる企画だったこともよかったと思います」
実はCaNoWに応募するまで、佐藤さんが旅行や鉄道が好きであることを渡辺さんは知りませんでした。CaNoWへの参加を通し、新たな一面を知るきっかけになったようです。
「病院の中でできることは限られているため、子どもたちも『やってみたいこと』の範囲を無意識に絞っているところがあると感じます。でも、CaNoWのサポートを受けることで、子どもたちもその枠を外して、自由にやりたいことを発想できる。そのアイデアの中に、その子らしい個性がいっぱい詰まっているんです」(渡辺さん・入江さん)
自分がやりたいことをのびのびと発信する。子どもにとって当たり前のことが、入院中であっても実現できますように。必要な時はどうぞまた、CaNoWにお声がけください。