こんなこともできるの!?義手の最前線に密着

この記事は、2020年1月12日に、医療従事者向けWEBメディア「m3.com」内に、
「特集: 患者の願いを叶える『CaNoW』Vol. 9 こんなこともできるの!?義手の最前線に密着」のタイトルで掲載されたものです。



「コップで水を飲んでみたいんです」…これは、幼き日に不慮の事故で左前腕の肘先を失った、ある男性の願い。健常者にとっては当たり前に思える動作も、彼にとっては切実な夢だったのです。この願いを叶えるべく、患者支援プロジェクト『CaNoW』※チームが向かったのは、工学士と医師が協力し合って研究開発を推進、日本の筋電義手を牽引するNPO法人電動義手の会のもと。義手の開発を推進する電気通信大学 山野井さんと、実用化へ向けた研究に取り組む国立成育医療センター髙木先生に、それぞれお話を伺いました。


canow 国立研究開発法人 国立成育医療センター 臓器・運動器病態外科部 整形外科診療部長 髙木 岳彦先生
【お話を伺った方】
NPO法人筋電義手の会
国立研究開発法人 国立成育医療センター
臓器・運動器病態外科部 整形外科
診療部長 髙木 岳彦 先生

canow NPO法人電動義手の会国立大学法人電気通信大学 研究員 脳・医工学研究センター博士(工学)山野井 佑介さん
NPO法人電動義手の会
国立大学法人電気通信大学
研究員 脳・医工学研究センター
博士(工学)山野井 佑介 さん

個々の特性を人工知能で解析!筋電義手とは?

───義手の開発を担当する山野井さんにお話を伺います。まず、筋電義手とはどのようなものなのか、教えていただけますか?

山野井さん
はい、筋電義手とは、人間が筋肉を動かそうとしたときに発する微弱な電気信号(筋電位)を読み取ってモーターを作動させ、自分の意思で手を動かせるようにした電動義手です。

先天的に四肢の欠損がある方や、後天的に事故等で四肢を失った方でも、筋肉を動かそうとする意思が働くと、残存肢の筋肉から筋電位が発生します。そこにセンサを巻き付けることで筋電位を読み取って、装着した人の意思に基づいて義手を動かすのです。

筋電位は、手を握る、開く、つかむなどの動きによって、また個人によって周波数や振幅が異なります。筋電義手は基本的に、そのユーザに合わせたオーダーメイド。初めて筋電義手を使用する際に、ユーザの筋電位のパターンを人工知能に学習・記憶させることで、自分の意思でスムーズに操作をすることが可能になります。もうひとつ、筋電義手に人工知能を使う利点として、細かな筋活動の違いが区別できるようになるため、少ないセンサでより多くの動作を実現できるようになるということがあります。現在は機構を単純にした、動作が少ない義手しか販売していないのですが。今後より複雑なことが出来る義手を販売していく予定です。 

───現在販売している筋電義手の場合、どんな動きが可能なのですか?

山野井さん
今お伝えした、手を握る、開く、つかむなどの動作の応用で、多様な形のものをつかんで移動させたり、ドアノブを回したりということができるようになりました。重いものにも少しずつ対応しており、当初は鉛筆を持てるくらいの力だったものが、現在ではフライパンを持つ、自転車の運転をする、などもできるようになっています。
筋電義手 UEC-eHand
手を握る動きのパターンを人工知能に記憶させている様子

───筋電義手は、すでに実用化されているのですか?

山野井さん
筋電義手の歴史自体は古く、1960年代にソ連で実用化されて以来、欧米や日本でも製品化が進められてきました。現在では、ドイツは70%以上、アメリカでは30%、イタリアでは20%近くの片腕欠損患者さんが筋電義手を利用されていますが、日本はまだ数%程度です。 日本での普及が進まなかった原因として考えられるのが、公的支援制度の未整備です。日本の労災保険では長い間、筋電義手の給付対象を「両腕欠損患者さん片腕」に限定していました。これが2013年に改正され、片腕欠損患者さんに対しても給付が認められることになったのは画期的な進歩です。

───価格についてはいかがでしょう?

当研究室は、筋電義手の製作に3Dプリンタを利用しております。この技術により、従来は150万円程度であった筋電義手の価格を、約60万円まで抑えることができました。公的支援制度の対象と認められれば筋電義手にかかる患者さんの自己負担は約6万円です。2018年には国産品の筋電義手として初めて、厚生労働省により「補助装具等完成用部品」に指定されました。しかも、オーダーメイドの筋電義手を24時間で仕上げることができ、サイズも小児から大人まで自由自在です。今後、これまで価格を理由に筋電義手を諦めてきた患者さんにも普及が進むことを期待しています。

筋電義手、国立成育医療研究センターの取り組み

───筋電義手について、医師の立場からサポートしている高木先生のお話を伺います。

髙木先生
国立成育医療研究センターは多彩な先天異常を扱っている病院で、整形外科にも多指症や合指症などのお子さんがたくさん訪れます。整形外科では基本的には手術をして治療していくという方法を取るのですが、腕が欠損した患者さんに関しては、手術ではどうすることもできません。移植という選択肢も、現在の日本ではまだまだ難しい。という状況の中で、義手に着目したという経緯があります。

私が筋電義手を知ったのは大学院時代に参加した学会で、偶然、電気通信大学の横井先生(山野井さんが所属する横井・姜・東郷研究室 横井浩史教授)の講演を聞いたのがきっかけです。これまで成す術のなかった前腕欠損患者さんが、筋電義手を使えば、あたかも自分の腕のように活動できるということを知り、研究室へ話を聞きに伺ったのです。

それから自身も留学などを経て、昨年の10月に国立成育医療研究センターへ戻り、やっと研究体制が整ったところです。横井先生の研究室で筋電義手を開発していただき、国立成育医療研究センターで研究を行う。この両輪で研究を進めています。

───研究とは具体的にどういった内容なのですか?

髙木先生
患者さんに、実際に筋電義手を装着していただいて、リハビリをして、物をつかむ、はなす、移動させるなどの動きを評価している段階です。ここでの研究対象は小児ですから、本人だけでなく親御さんにも協力していただいて、どんなことができるようになったか、などの聞き取りも進めています。今後はQOLについても評価項目として追加していくことを考えています。

また、筋電義手のほか、筋電義手が対応できないような(筋電義手ではモーターを使用するため小型化が難しい)、細かい部分の欠損。たとえば手首から先や、指の1.2本などの欠損に対し、「ある指」を使って「義手(指)」を動かす能動義手の開発も、横井先生のご協力のもとで進めています。

お子さんは、良い意味で義手をおもちゃのように活用してくれるんですよね。楽しみながら義手を使い、これまでできなかった動作ができるようになったり、ボディイメージを習得していったりという様子を見ていると、筋電義手研究の意義を改めて強く感じます。実際、2歳くらいまでに義手を使い始めると、抵抗なく受け入れやすいというデータもあります。その観点からも、この施設で筋電義手の研究を行う意義は大きいと考えています。
高木先生
医学と工学の英知が結集して実用化の進む筋電義手。次回、幼き日の不慮の事故で左前腕を失った男性の「コップで水を飲みたい」という切なる願いを、筋電義手を使って叶える様子に密着します。

※患者支援プロジェクトCaNoWとは

人生100年時代、2025年には全人口の約18%にあたる2179万人が後期高齢者に。さらに医療の発達により、さまざまな疾患を持ちながらも、その病と共生する人々が年々増加しています。

「CaNoW」は、病気や加齢などを理由に叶えられなかった「やりたいこと」の実現をサポート。これまでにも先行モニター企画として、「大好きなサッカーチームをスタジアムで応援したい」「病に倒れてから一度も行けていない職場へ、もう一度行きたい」「生まれ育った土地をもう一度観に行きたい 」などの願いを叶えてきました。

詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。

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