医師36年目、母子旅で語る「今が一番楽しい」意外な理由

この記事は、2020年7月10日に、医療従事者向けWEBメディア「m3.com」内に、
「特集: 患者の願いを叶える『CaNoW』Vol. 24 医師36年目、母子旅で語る「今が一番楽しい」意外な理由」のタイトルで掲載されたものです。




今年で医師生活36年目を迎える小児科医、山根希代子先生。広島市西部こども療育センター長として第一線で活躍する山根先生ですが、2018年の1月にステージ4の子宮体癌であることが判明。現在も化学療法による闘病を続けています。そんな山根先生のため「大好きなクルーズ旅行をプレゼントしたい」と企画を温めてきた、長女の優子さん。患者支援プロジェクトCaNoWとともに、瀬戸内クルーズ客船『ガンツウ』で母娘旅の願いを叶えた2人にお話を聞きました。楽しい旅の記録はこちらをご覧ください。

ステージ4の子宮体癌が判明、闘病を経て変化した仕事への思い

山根先生:
最初に異変を感じたのは、一昨年の1月頃です。右股関節に痛みを感じて整形外科を受診したのですが異常は見つからず。放射線科医の夫の薦めでCT検査をしたところ、子宮体癌と複数の肝転移、骨転移が見つかり、ステージ4。驚きましたし、すごくショックでした。

入院後も痛みはどんどん増すばかりで…化学療法に放射線療法、出血を防ぐための手術などを経てやっと痛みは治まりましたが、がんの勢いに勝てず、いくつか薬を変えたり、輸血をしたりとあらゆる治療を経て、翌年の2月からやっと復帰訓練に入ることができました。

───闘病中はどのように過ごしていましたか?

山根先生:
退院したばかりのころは、家事をするのがやっとでした。ただ、体力が戻ってからは、抗がん剤治療をしている1週間はしんどいけれど、残りの3週間は元気なんです。

家族は「ゆっくり過ごして」と声をかけてくれるけれど、ずっと仕事をしてきたから、ゆっくりするのが性に合わなくて(笑)これまで忙しくて手つかずだった協議会の実態調査をまとめたり、厚労省の研究班で担当していた仕事を進めたりしていました。闘病中も仕事があったからこそ、気持ちを保つことができたと思っています。

優子さん:
一時期は退職も考えとったよね。

山根先生:
「退職したい」というよりは「退職しないといけない」ってね。この体で復帰をしても、職場に迷惑をかけると思っていたので。

───そこから復帰へと気持ちが動いたのはなぜですか?

山根先生:
闘病が少し落ち着いた頃に、小旅行にでかけたんです。久しぶりに身なりを整え、楽しみながら外を歩くことで、元気が湧いてくるのを感じましてね。

そのタイミングで、教授から「半分でもいいから働いてみない?」と声をかけていただいて。この一言が励みになり、復帰のために頑張ろうという気持ちになれました。

現在は1か月のうち3週間は働き、化学療法のため1週間はお休みするという形で復帰し、毎日がとても充実しています。
お話しする山根先生

───病気の前後で仕事への思いに変化はありましたか?

山根先生:
とにかく忙しく働いてきましたから、以前は「いつか早期退職をしてクルーズ旅行に…」なんて考えていましたけれど、1年間休職をしたことで、自分は本当に仕事が生きがいだということに気が付いたんです。

同僚からも「先生が一番元気ですね」って言われたりして。こんなに仕事が楽しくて、ありがたいって日々感謝しながら過ごせるなんて、今までなかったかもしれません。

若き日の苦悩乗りこえ…闘病支えてくれた家族への感謝

───闘病や復帰に際して、家族のサポートは?

山根先生:
夫はこれまで家事など一切してこなかったのですが(笑)洗濯やゴミ出しなど頑張ってくれましたし、遠方で働いている長男もこの子も、ときどき帰ってきてくれて。次女は奇跡的なタイミングで地元に転勤してきたこともあって、いろいろサポートしてくれました。

家族に恵まれ、皆が気にかけてくれるおかげで安心して治療ができました。感謝しかありません。

───お子様が幼いころは仕事との両立も大変だったのでは?

山根先生:
そうですね。当時は出産前後の8週間だけ休んで即復帰という状況。生後2か月では保育園に預けるのも難しく、福岡から実家の母に来てもらい、なんとか乗り切っていました。

ただ、子育て中は、学会に行くにも制限があるし、帰宅後に論文を読む時間も取れず…仕事面ではつねに「できなさ」を感じて悩んでいました。そんなとき、子育て中の同僚から「与謝野晶子さんも10年間の専業主婦をしていた」という話を聞いたんです。あれほど素晴らしい人も、一度は家庭に入って、そこから業績を残したんだと知ってからは、「今は家庭を中心に子供のことをしっかりやりたい。仕事も頑張る。」と鼓舞することができました。

───幼いころ、働くお母様を見ていていかがでしたか?

優子さん:
正直言うと、すごく大変そうだなと思っていたのと、三人兄弟ということもあって寂しいな、という思いはありました。余裕があるようには…

山根先生:
余裕はなかったね(笑) この子が物心ついたころ、新しい施設の立ち上げにかかわることがあって。寝かしつけ後に帰宅する夫とバトンタッチして職場に戻り、深夜まで働く…という時期があったんです。そうすると、この子がぱっと目を覚まして「ママ行かないで」って号泣してね。
山根先生と娘さんの会話
優子さん:
思い出しただけで涙が…

山根先生:
大きくなって進路の話をしたときにも「余裕が無いのはいやだから私は医師にはならない」って。

───そんな優子さんも東京で就職し、現在は30歳の若さでチームを束ねる責任者として活躍されています。

山根先生:
嬉しいですね。病気になったときに、何より心配だったのは子どもたちのこと。けれど、それぞれがきちんと仕事をもって、自立している、家庭の中での私の役割は果たせたんだ、というのが心の支えでした。

優子さん:
昔、母の職場へ遊びに行ったとき、自分同い年くらいのお子さんやそのご家族の方々と関わる母を見て。本当に信頼されているのが分かったし、私たちのことも、仕事もすごく大切にしていることが伝わってきたんです。

小さなころは寂しかったし、余裕がない生活はイヤ…と反発した時期もあったけれど、仕事も家庭も一生懸命でみんなに信頼されて。ひとつひとつを真面目にやった結果、大きな仕事を任されるようになっていった母は私の憧れ。「いつかは家庭をもってしっかり両立したい」とポジティブに考えられるのも母のおかげだと思っています。
ガンツウから海を眺める山根先生と娘さん
ガンツウから眺める瀬戸内の景色に、記憶を重ねる2人。「ここ、昔BBQやった浜に似とるね」「この辺りいつもドライブしたね」…。これまでたくさんの船旅を楽しんできた山根先生ですが“家族の思い出の地をたどる”というガンツウだけの体験に、心まで解きほぐされたようです。
瀬戸内を遊覧するガンツウ
そして最後ディナー。〆の一皿に「蓮根のはさみ揚げ」をオーダーした山根先生。じつはこれも、思い出の料理。「懐かしい!お母さん、昔よく作ってくれたね」あつあつのはさみ揚げをほおばる優子さんの笑顔は幼き日のまま。在りし日の食卓にタイムスリップをしたかのような幸せな時間が流れました。
ディナーを楽しむ山根先生と娘さん

母のように、人のためにできることがしたい

旅の終わりに。「じつは、母に手紙を書いてきました」という優子さん。山根先生へのサプライズプレゼントです。
お母さんへ

お母さんとこうやって慣れ親しんだ瀬戸内の海を眺めながら話ができるなんて、本当に幸せだなと思います。

小さいころは子どもが三人いる中、家事に仕事に本当に大変そうで、あたしも三人兄弟の真ん中だったのであまり構ってもらえずすねていた時期もありました。

寂しさを感じながらも、それでも小児科医として沢山の子どもたちとそのご家族のために一生懸命働く姿を見ていつの日か私もお母さんのように人のために何かできることがしたいと思うようになりました。

お母さんが癌になったときは、いままで無理させてきたしわ寄せが来たんじゃないかとか、私たちのせいなんじゃないかと落ち込むこともあったけど、病気になってからも、辛い状況でも前向きに今を楽しみ、希望をもって生きているお母さんはとても素敵だなと思います。

仕事やプライベートで辛いこと、しんどいこともあるけど、お母さんが話を聞いてくれるからいつも頑張れるよ。どうか身体を大切に、お母さんがしんどい時は私にも話を聞かせてね。いつもありがとう。
山根先生:
うん…生きるってことは、死に向かったときに最後まで生き方を貫くこと。最後の最後まで自分らしく、凛として生きていきたいと思っています。子どもたちがいてくれるからこそ、最後まで頑張ろうって思えるので、本当にどうもありがとう。

ゆきさん:
応援しています。
ガンツウクルーズを終えた山根先生と娘さん
ガンツウクルーズを終えた福山駅。山根先生は広島へ。優子さんは東京へ、それぞれが活躍する場所へと帰る2人。その凛とした表情には、家庭と仕事に悩んだ日々も、母の背中を追って号泣した過去をも乗りこえた強さと、母娘の旅で再認識した家族の絆に裏打ちされた優しさが宿っているようでした。

※CaNoWとは病気や加齢などを理由に叶えられなかった「やりたいこと」の実現をサポートするプロジェクト。これまでに「大好きなサッカーチームをスタジアムで応援したい」「病に倒れてから一度も行けていない職場へ、もう一度行きたい」「生まれ育った土地をもう一度観に行きたい 」などの願いをサポートしてきました。詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。
掲載元媒体:m3.com

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