願いを叶えた「赤い義足」~スポーツ義肢装具士の技、光る!

この記事は、2021年11月16日に、医療従事者向けWEBメディア「m3.com」内に、
「特集: 患者の願いを叶える『CaNoW』Vol. 46 願いを叶えた「赤い義足」~スポーツ義肢装具士の技、光る!」のタイトルで掲載されたものです。

義足を見ながら会話する義肢装具士の臼井二美男さんと金氏知江子さん

軟骨肉腫によって、左の中足骨(足の甲)から末端を切断した金氏(かねうじ)知江子さん(51)。「義足になってもダンスを踊りたい!」との願いから「CaNoW」の企画に応募し、世界的な義足ダンサーの大前光市さんと夢を叶えました。その際、使用したのはダンス専用にあつらえた義足です。今回は、ダンス用義足の製作にいたる舞台裏に迫ります。

2000年シドニーパラから5大会連続で帯同

金氏さんのダンス用義足を製作したのは、義肢装具士として約30年のキャリアを持つ臼井二美男さん。スポーツ義足製作の第一人者として知られます。今年開催された東京パラリンピックでは、臼井さんが製作した義足を着けた選手が数多く出場しました。

過去には、2000年のシドニーパラリンピックで、臼井さんが担当した陸上の鈴木徹選手が出場しました。2004年のアテネパラリンピックからは、正式に日本代表のメカニックとして現地に同行し、今年の東京パラリンピックまで5大会連続で選手たちをサポートしています。

「生活用義足」と「ダンス用の義足」はどう違う?

臼井さんは「日常で使う生活用義足と、ダンス用の義足では違いがある」と言います。

そもそも義足を作る理由は、断端(だんたん=切断した部分)を保護し、傷や痛みから守る役割があるそうです。生活用義足では見た目、生活のしやすさを重視。ダンス用義足では踊りやすさ、動きやすさを重視すると言います。

金氏さんは中足骨から末端を切断しているため、生活用義足では足首辺りでカットした「足根義足」を使用していました。肌に近い色をしており、見た目には義足を着けていることが分かりにくい特徴があります。
生活用義足(金氏さん提供写真)
ダンス用義足
一方、ダンス用義足は、膝下からの長い義足だったり、足首から下の義足だったり、踊り方や足の状態に合わせてさまざまなパターンがあります。通常、指先部分も付け足すことが多いそうですが、「ダンス用義足が初めての金氏さんの場合は、指を付け足すことで逆に踊りにくくなる可能性がある」と臼井さんは考えました。そのため、完成した義足は、あえて指部分のない小さな靴のような形状になりました。

石膏で型取り、履き心地をチェック…ダンス用義足ができるまで

義足製作の工程は、どのように進むのでしょうか? 臼井さんに伺うと、基本的には型取り、仮義足、本義足の3工程から成るとのことでした。

①型取り:金氏さんの左膝下から末端まで石膏で固めて、型を取る
②仮義足:型を元に仮義足を作成。履き心地等をチェック
③本義足:仮義足を調整し、本義足を作成

金氏さんが既に生活用義足を使いこなしていた点は、とてもポジティブな要素でした。「金氏さんは家の仕事の手伝いで、よく歩いていたようです。生活動作が安定しており、足の筋肉や断端部分がある程度成熟していたので、義足は作りやすかったです」(臼井さん)
金氏さんの足の型取り。水が付いた石膏を巻きつけて、型を取ります。

義足ダンサー大前さんからの提案で、急きょ、路線変更!

本義足が完成に近づいた頃、金氏さんは世界的な義足ダンサーの大前光市さんとオンラインによるレッスンを開始しました(前回の記事参照)。大前さんは、金氏さんの足の動きや身体のバランスを確認し、ある提案を口にしました。
「金氏さんには、膝下までの義足は必要ない。足首辺りでカットしてもらっても大丈夫」
一番初めに作った義足。膝下まで長さがある。(金氏さん提供写真)
実は、当初作ったダンス用義足は、膝下から末端まで長さがあるものでした。足の保持を優先させるためでしたたが、大前さんからの提案を聞いて臼井さんは納得。足首から下の小さなダンス用義足を再製作しました。

ダンス用義足の色は、金氏さんが好きな赤に決定。
金氏さんは「義足を隠すのではなく目立たせたい。私には障害があるけど、それを乗り越えて踊っている姿をアピールしたい」と、自らモチベーションを高めるために色にこだわったそうです。また、素材は割れにくく、皮膚に傷がつきにくい、軟性のプラスチックを選んだそうです。

本義足が完成すると、実際に義足を着けて適合をチェック。実際に歩いたり、小走りをしたりしながら、義足が皮膚や骨にあたって痛みが出ないか、緩すぎないかなどを確認しました。
完成した義足を履く瞬間。
履き心地を確かめる金氏さん

スポーツ義足には、ただ走る以上の意味がある

ところで、スポーツ義足の第一人者として活躍している臼井さんですが、なぜ特殊な義足に興味を持ったのでしょうか? きっかけは、アメリカの義肢製作所を見学させてもらったときのこと。そこで、カーボン(板)を使ったスポーツ義足を初めて目にしたそうです。

「そのスポーツ義足を使ってテニスやランニングを楽しむ人がいると聞き、大変衝撃を受けました。当時の日本は、義足でスポーツをする発想がほぼなかった時代。義足は木が主流で、固くてたわみがなく、スポーツには適していませんでした」(臼井さん)

帰国した臼井さんは、早速スポーツ義足の研究と開発をスタート。試行錯誤を繰り返し、最初に臼井さんのスポーツ義足をはいたのは、ある少女でした。

「その少女は『15年も走っていなかったのに走れた…!』と、大粒の涙を流して喜びました。その姿を見て、スポーツ義足は、ただ走ること以上の意味があるかもしれないとは実感したのです。スポーツをすることで、自立心が芽生えて前向きになれる。人が変わったように生き生きとする。これは続ける価値があると感じました」(臼井さん)

東京パラリンピックで聖火ランナーを務めて

義肢装具士の臼井 二美男(うすい・ふみお)先生
今年の東京パラリンピックでも、大勢の選手の義肢装具を担当した臼井さん。開会式では、臼井さん自身も聖火ランナーとして出場し、トーチを掲げて競技場を走りました。「無観客とはいえ、どこか神聖な気持ちになりました」(臼井さん)

臼井さんは言います。
「障害のある人は、様々な苦悩と戦って来ています。その人たちが、たとえばスポーツによって自律性や主体性、そして協調性を持ちながら表に出ていくと、全く人が変わっていくんですよ。僕は、そんな人たちと一緒に変化を感じたときに、義肢装具士として幸せを感じます。
今回の金氏さんも同じです。勇気を持ってダンスの企画に応募しました。自ら意思決定をし、外の世界に出てきたんです。これはとても大きな変化です。今後、チャンスがあれば仲間とリサイタルをやってみるとか、楽しみは広がりそうですね」

義足は、失った下肢の役割を果たすだけではなく、使う人の内面までも鼓舞する――。今回、臼井さんが作った「赤い義足」によって、金氏さんは大きな一歩を踏み出したのではないでしょうか。
【プロフィール】
臼井 二美男(うすい・ふみお)先生
義肢装具士

1984年から公益財団法人鉄道弘済会「義肢装具サポートセンター」で義足を作りに携わる。1989年よりスポーツ義足を製作。1991年に切断障害者の陸上クラブ「スタートラインTokyo」を創設。2000年のシドニー大会より、パラリンピックの日本代表選手のメカニックとして同行。2020東京パラリンピックでは聖火ランナーも務めた。第24回毎日スポーツ人賞文化賞、第51回吉川英治文化賞、2020年には現代の名工を受賞。
※CaNoWとは、病気や障がいを理由にかなえられなかった「やりたいこと」の実現をサポートするプロジェクトで、企業やその従業員の寄付やサポートで患者さんの願いを叶えていきます。詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。

このプロジェクトには、CaNoWの理念に共感したノバルティス ファーマ(株)の従業員が寄付しています。

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