ALSでも「外出」できる!VR体験がもたらした「諦めない生活」

この記事は、2021年12月16日に、医療従事者向けWEBメディア「m3.com」内に、
「特集: 患者の願いを叶える『CaNoW』Vol. 49 ALSでも「外出」できる!VR体験がもたらした「諦めない生活」」のタイトルで掲載されたものです。

脳や脊髄にある運動ニューロンが変性し、徐々に全身の筋力が低下していくALS(筋萎縮性側索硬化症)。進行すると日常生活動作やコミュニケーションが困難になり、いわゆる寝たきり状態に至ります。今回、「CaNoW」(※)あてに、ALSを患う60代の女性から「VRを楽しみたい」という願いが寄せられました。24時間、ベッド上で過ごしているため、VR機器を使ってバーチャルの世界で外出したいというのです。ALSのケアは、フィジカル面はもちろん、メンタル面も重要とされています。CaNoW事務局では、VRを通してわくわくする気分を味わい、より能動的な社会参加の一助となるようなプロジェクトを考えました。

育児や介護を終えてホッとした矢先に、ALSと診断…

奈良県に住む栗本修代(なおよ)さん(61)は、2016年末にALSと診断されました。子育てや義両親の介護を終え、ようやく自分の時間を持てるようになった矢先のことでした。夫の雅裕さんは、当時をこう振り返ります。

「最初は、ちょっとしたところで躓きやすい、洗濯物が取り込みづらいといった変化でした。更年期障害かなと思って婦人科を受診していたようですが、治らないことに本人も違和感を覚えていました。その後、いくつかの医療機関をへて、奈良県立医科大学附属病院へ紹介され、ALSと診断されたのです」

病の進行は早く、診断から5~6年で寝たきり状態になった修代さん。現在、残されている身体機能は、顔の表情と頷き、そしてわずかな指先の動きです。人工呼吸器を装着し、24時間体制のケアを受けながら在宅で療養しています。歩行機能が失われてからも2度ほど外出しましたが、準備や介助の負担が大きく、最近は自宅に閉じこもりがちでした。
普段の楽しみはテレビを見ることと、家族や介護スタッフと会話をすること。会話には、少しのボタン操作で文字入力ができる意思伝達装置「伝の心」を使います。同装置を用いて作業療法士(OT)の遠藤和美さんに願いを伝え、CaNoWにこんなメールを送ってくださいました。

「私は、ALSという病気です。(中略)24時間同じベッド上で過ごしているので、体験できる可能性のあるものは、積極的にやってみたいのです。VRでジェットコースターに乗ってみたいと考えることがあります。外出しているような体験もしてみたいです」

ギャッチアップに注意し、呼吸状態の悪化を防ぐ

CaNoWチームは、まずOTの遠藤さんにコンタクトを取り、修代さんの気持ちや身体状況などについて確認しました。そして、修代さんご自身、雅裕さんともオンラインミーティングをして、VRで体験したいことを改めて伺いました。意思伝達装置を使って「深海や宇宙などに行ってみたい」と修代さん。その様子には、生来のポジティブな性格がにじみ出ていました。

VR鑑賞は安全性の高いものですが、CaNoWチームは修代さんの主治医にも相談し、主に3つのアドバイスをもらいました。

・ちょっとしたギャッチアップ(起居動作)でも呼吸状態が変わってしまうため、注意してほしい
・頸部、背部の支えをしっかりして、呼吸状態の悪化を防ぐ
・VR用のゴーグルを装着すること自体は懸念なし

これらを踏まえ、VR機器は「Oculus quest2」(Facebook社[現・Meta社])を選びました。コードレスタイプで寝た状態でも装着しやすく、重さは約500グラムと比較的軽量なため、より安全性を保てると判断したのです。
また、遠藤さんは無理のないギャッチアップの角度を確認したり、VRゴーグルに見立てた重りを修代さんの頭部に装着してみたり、入念な準備をしました。

予期せぬ事態に備え「ボタン3回」で停止を約束

そして迎えた当日。修代さんのもとに、夫の雅裕さん、長男の忠宏さん、次男の勝久さん、孫の蘭ちゃん(1歳)が集まりました。OTの遠藤さんに、ヘルパーの小西克幸さんと訪問看護師も集まり、和気あいあいとした雰囲気でプロジェクトが始まりました。

まず、スタッフ間で当日の注意事項を確認し合いました。遠藤さんは「ベッドを2度だけ上げますね」などと修代さんに声をかけ、密なコミュニケーションをとりながらVR鑑賞の準備を進めました。小西さんと訪問看護師は、ギャッチアップしたあとの背中の服のしわや、枕の位置などを丁寧に整えました。
修代さんにVRゴーグルを装着したあと、CaNoWチームが「はい」「いいえ」で答えられる質問をして、それに頷き返してもらうことで微妙な位置調整をしました。万が一、緊急事態が発生した時は、意思伝達装置のボタンを3回以上連打したらすぐにゴーグルを外すことを伝えました。
VR機器は、ご家族用にもう1セット用意。さらに、スタッフを含めてその場にいる全員が一緒に楽しめるように、VR映像を別のモニターに映し出す準備も整えました。

Googleストリートビューで、懐かしい生家に降り立つ

いよいよVR機器のスイッチをオン。
「おおー、これすごいわ!」
長男の忠宏さんが歓声を上げました。その様子を見ながら、修代さんはにっこり。最初に視聴した映像はバーチャルダイビングで、目の前に海中の景色が広がります。

通常、VR機器はゴーグルの角度に合わせて映像が映し出されるため、仰臥位では上方向しか見ることができませんが、この映像は頭上をウミガメや魚がゆったりと泳ぎ、十分に楽しむことができました。CaNoWチームが、修代さんの身体状態に合うものを探したのです。

次に視聴した映像は、VRプラネタリウム。ベッド上で世界中の星空を眺めながら、星座の解説を聞くことができます。修代さんの目はキラキラと輝き、いつも以上に豊かな表情に。
ポッポッポ……いつものように人工呼吸器の音が鳴り、痰の吸引や脚のマッサージなどをしながら、和やかにプロジェクトは進みました。

CaNoWスタッフが「他に見たい映像はありますか?」と訊ねると、修代さんは生まれ故郷をリクエスト。そこで、VR機器のGoogleストリートビューを見られるアプリを起動し、修代さんの生家の前に降り立ちました。夫の雅裕さんは「見覚えのある景色だね」と微笑みかけ、修代さんも嬉しそうに頷いていました。

次に、修代さんは意思伝達装置で「ましゅうこ」とリクエストし、CaNoWスタッフはストリートビューで北海道の摩周湖が一望できる展望台へアクセス。ギャッジアップの角度がもう少し高ければ全体を見渡せましたが、「行きたいところへ行けた」という達成感はあったようです。
修代さんは、意思伝達装置を使って「ほんとうにそこにいるみたいでたのしい」と感想を打ってくださいました。

自分では動けないけれど、やりたいことは諦めない。

事前に伝えていた映像に加え、CaNoWスタッフはもう1つの映像を用意していました。広大なバラ園を散策できるVR映像です。夫婦で手をつなぎながら、バーチャル世界で久しぶりのデートが実現しました。そして、最後にサプライズ! 雅裕さんからバラの花束とお手紙をプレゼントしました。
手紙は、「大好きな修代へ」から始まり、献身的に家族の世話をしてきた修代さんへの感謝の気持ちがしたためられていました。涙で声を詰まらせながら手紙を読む雅裕さん。修代さんも泣きそうな表情で目を細め、意思伝達装置で「ありがとう」と応えました。VR体験は、久しぶりに外出の楽しさを味わっただけでなく、夫婦の愛情を再認識することにもつながったようです。

プロジェクトの応募から準備、実行まで中心的に動かれた遠藤さんも、感慨深そうに語ります。
「日頃から身体的なケアはとても大切なのですが、24時間ベッドで過ごされているので、メンタル面にも気を付けています。自分では動けない状態ですが、だからといって自分のやりたいことを諦めず、自分の意思で満足いくように生活していただけることを第一にしています。今回のVR体験は映像やゴーグルが少し負担になるかなと考えましたが、ご本人が辛く感じることなく体験できたとおっしゃっていて、すごく嬉しかったです」

また、オーダーしていた車椅子が出来上がり、最近、リハビリで車椅子に乗る練習を始めることになったそうです。遠藤さんは「今度は、自分が車椅子に乗って、外に出掛けていくことにチャレンジして行ってほしいですね」と語ります。

これからも、修代さんが修代さんらしい生活を営まれること。家族や支援者のサポートを受けながらも、思ったように生きられることをCaNoWスタッフは願っています。
※CaNoWとは、病気や障がいを理由にかなえられなかった「やりたいこと」の実現をサポートするプロジェクトで、企業やその従業員の寄付やサポートで患者さんの願いを叶えていきます。詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。

このプロジェクトには、CaNoWの理念に共感したノバルティス ファーマ(株)の従業員が寄付しています。

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