■ ダンスが日常だった私がまさか…
小学生の頃からダンスに夢中だったという金氏さん(51)。中学生の頃は、体育祭でダンスの振り付けを担当するなど、当時から活発な性格の持ち主だったと言います。また、金氏さんの両親もダンスを通じて知り合ったといい、家族にとってもダンスは身近な存在でした。大人になってもダンスへの情熱は続きます。2020年には、素人が主体のミュージカルに参加が決定。しかし、目標に向けて頑張っている最中、今までに無かった足の痛みを感じ、左足の激しい痛みで断念します。以前から左足の甲に発症していた軟骨肉腫が悪化し、腫瘍が大きくなっていたのです。
歩行のみで痛みを感じ、とてもダンスを続けられる状態ではありませんでした。
金氏さんは、自分の身に起きた出来事にたじろぎつつも、2020年5月に中足骨の切断をすることになりました。

■ ミュージカル出演を前に軟骨肉腫が悪化。失意の中で手術を受ける
中足骨の切断後、すっかり落ち込んでしまった金氏さん。しかし、そんな金氏さんに前を向かせたのは、とあるダンスパフォーマンス集団でした。「彼らのダンス動画を見ているときだけは、少しだけ気持ちが明るくなれる」
次第に、彼らのパフォーマンスを見ては励まされるようになっていくと、徐々に金氏さん自身のダンスへの想いも再燃していきました。
そうして今回、金氏さんはCaNoWチームにこのような願いをメールで送ります。
「中足骨を切断して、義足をつけて約1年になりますが、まだまだ今の生活に慣れません。正直、日常生活だけで疲れ切ってしまってダンスどころではないと思っています。
一方で、好きなダンスパフォーマンスの動画を見ていると、とても前向きな気持ちになります。そんなときは、中足骨を切断してもダンスがしたい。義足をつけて、年齢が高くて、体力がなかったとしても、多くの人に生きる希望や前に進む勇気が伝わったら嬉しい!と思う自分もいます。そこで、今回はCaNoWの願いを叶える企画に思い切って応募して、義足でダンスを踊る夢を叶えたいです」
CaNoWスタッフが、応募に至った経緯や動機を聞いていくと、プロの義足ダンサーの大前光市さんからレッスンを受けてみたいという金氏さんの強い想いが聞かれました。大前さんは、のちに東京パラリンピックの開会式にも出演した世界的なダンサーです。
■ ダンス用の義足は、日常用の義足と何が違う?
CaNoWスタッフは、日常で使う義足とは別に、ダンス用の義足を作成することが可能なのか早速リサーチ。その結果、スポーツ・ダンス用に特化した特殊な義足があることが分かります。また、ダンス用の義足を作成するにあたり、その分野の第一人者でもある義肢装具士の臼井二美男さんに今回の企画の趣旨を説明。義肢装具の作成を依頼すると、快諾してくださいました。■ ダンス用の義肢装具を作成

臼井さんが問診をした後、金氏さんの足に沿って丁寧に型取りを実施。仮作成、試し履きの段階を経て、1ヵ月後には完成されたダンス用の装具が金氏さんの元に届きました。
ダンス用の義足は、生活用義足とは違ってダンスの動きに最適な形・強度を想定しているそうです。臼井さんによると、ダンスならではの回転や捻り、足首の動きにも注視したとのことでした。
■ 世界的な義足ダンサーとレッスン。夢を叶える準備ができた

<オンラインレッスン1回目>
最初に、金氏さんと大前さんがオンラインにて挨拶を交わすと、金氏さんの顔から笑顔がこぼれます。
大前さんはダンスをする前の準備として、現在の金氏さんの足の可動域や痛み具合、歩き方の様子を確認。また、装具についても義足ダンサーならではの視点で鋭いチェックが入ります。この時点では、膝下から足の指あたりまでの仮義足が完成していましたが、「膝下までの長さは金氏さんには必要ないのでは」と大前さんは提案しました。
そこで、CaNoWスタッフは義肢装具士・臼井さんに相談。その結果、膝下からくるぶしまでの部分をカット。くるぶしから末端の部分のみの装具に変更となりました。

また、固くなりやすい大もも周囲は、前面後面、そして側面と全方向に対してストレッチや筋力訓練を行うこと。背骨はしなやかな動きが出るように、胸を前に出す、引くなど具体的な体の使い方について、大前さんの熱心な指導が続きました。
■ 切断した左足が痛む。「幻肢痛」を乗り越えて踊る!
<オンラインレッスン2回目>
すると、大前さんは「それは幻肢痛ですよ」と即答。幻肢痛とは、切断した部分が今でもあるような感覚がして、痛みを伴うもの。大前さん自身、膝下の切断から約10年経った今でも時々あると言います。
ダンスだけでなく、義足経験者としての知識も伝わり、金氏さんの安心感も増していきます。
その後、早速レッスンがスタート。曲に合わせて詳細な動きも覚えていきます。
まだ義足を着けて踊ることに慣れない金氏さんに、大前さんは分かりやすくアドバイスされました。例えば、体を回転させると目が回りそうになる場合、「1点を見つめると体がブレにくい」「背骨は茶柱を立てるように」といった具合です。動きのメリハリを付けたり、体幹の角度を整えたりと、1回目同様レッスンに熱気あふれる時間となりました。
■ 憧れの義賊ダンサーと鏡に並ぶ日が来るなんて。
<本番:いよいよ対面レッスン!>
早速2人ならんで鏡越しにレッスンを開始。リアルな現場で指導が入り、心地よい緊張感と、ただただダンスに没頭する時間が流れます。
オンラインレッスンの頃に比べて、体を動かすことに不安が減ってきた様子の金氏さん。
間違えた部分も「ここ、もう一回やってみたいです!」と自ら志願する場面も見られました。

■ 本番が終わっても、もっともっと踊っていたかった
大前さんとのダンスの時間はあっという間に流れていきました。夢が叶った金氏さんはこう言います。
「受験勉強など、今まで何かに頑張ったことはありましたが、自らの意志でここまで頑張ったのは初めてです。本番が終わっても、もっともっと踊っていたかった」とキラキラと瞳を輝かせて語ります。さらに金氏さんの想いは止まりません。
「実は、2016年のリオオリンピックの閉会式で、大前さんのダンスを見て感動していました。
当時はまだ腫瘍が見つかってどんどん大きくなっていったとき。不安が積もってどうしたらいいのか悩んでいた時期でした。しかし、大前さんが大舞台で自由に美しく踊る姿を見て、とても感動したことを覚えています。そんな大前さんから、レッスンを3回もして頂き本当に嬉しかったです!」と目を潤ませて語りました。

「振り付けを考えるとき、わざと左足を多く使うような振り付けにしました。左足を使うことは怖いと思います。怪我したらどうしようとか、不安になる気持ちはすごく分かります。でも、自分が思っているより体って使えるんです。怖がらずに動いてみると、動く喜びを感じるし、動かしていいんだって自分に自信が持てるようになります。すると、心や体が健康になって生きている喜びを感じていくと思うんです」

左足を使うのが怖い…と思っていた金氏さんが叶えた思いは、大きな人生の一歩となったのではないでしょうか。