最新義手で実現!医師×工学が叶えた患者の夢

この記事は、2020年1月19日に、医療従事者向けWEBメディア「m3.com」内に、
「特集: 患者の願いを叶える『CaNoW』Vol. 10 最新義手で実現!医師×工学が叶えた患者の夢」のタイトルで掲載されたものです。



「コップで水を飲んでみたいんです」…これは、幼き日に不慮の事故で左前腕の肘先を失った、ある男性の願い。健常者にとっては当たり前に思える動作も、彼にとっては切実な夢だったのです。この願いを叶えるべく、患者支援プロジェクト『CaNoW』※チームが向かったのは、工学士と医師が両輪で研究開発を推進、日本の筋電義手を牽引するNPO法人電動義手の会のもと。筋電義手を使用して叶えた夢の様子に密着しました。筋電義手の最前線について紹介した前編(リンク)も合わせてご覧ください。


canow 国立研究開発法人 国立成育医療センター 臓器・運動器病態外科部 整形外科診療部長 髙木 岳彦先生
【お話を伺った方】
NPO法人筋電義手の会
国立研究開発法人 国立成育医療センター
臓器・運動器病態外科部 整形外科
診療部長 髙木 岳彦 先生

canow NPO法人電動義手の会国立大学法人電気通信大学 研究員 脳・医工学研究センター博士(工学)山野井 佑介さん
NPO法人電動義手の会
国立大学法人電気通信大学
研究員 脳・医工学研究センター
博士(工学)山野井 佑介 さん

「コップで水が飲みたい…」夢は叶うか?

今回、患者支援プロジェクト『CaNoW』を通じて願いに挑戦するのは、関西在住の男性Nさん。幼き日の不慮の事故で左前腕を失い、物心ついたころから装飾義手を装着して生活をしてきました。 Nさん 「装飾義手はもう自分の体の一部のようなもの、右手は自由に動きますから、生活の大半で困る、ということは皆さんが思われるほどないのではないかと思っています。それでも…幼いころは、周囲との違いに傷つくこともありました。とくに体育の授業、バレーボールなどでは、両腕を揃えてボールを受けますよね。これができない。こういう些細なことの積み重ねで、クラスでも肩身の狭い思いをしたことが記憶に残っています。 もし、動く左手があったなら、コップで水を飲んでみたい。健常な方からすれば、些細な、小さすぎる願いかもしれませんが、自分にとっては切実な願いなのです。」 筋電義手(筋電義手の詳しい情報はこちら:前編にリンク)なら、自身の力で、コップで水を飲めるかもしれない。望みをかけて伺ったのは、電気通信大学。筋電義手のパイオニア 横井浩史先生率いる横井・姜・東郷研究室の工学博士、NPO法人電動義手の会の山野井さんアテンドのもと、Nさんの挑戦がスタートしました。
腕に力を込めるNさん
左手の欠損部位にセンサーを巻き付け、筋電義手を装着。まずは「手を握る」「開く」という2つの動きについて、Nさんの筋電位のパターンをセンサーで読み取り、人工知能に記憶させていきます。この工程により、脳の信号をAIが読み取り、意のままに筋電義手を動かすことが可能となるのです。5分ほどの調整を経て動作がスムーズになってきたところでさっそくペットボトルを握る動作にチャレンジします。
ペットボトルを握る動作にチャレンジ
山野井さん 「脳からの指令を受けた筋電位を読み取りますので、緊張したり、力が入りすぎたりするとスムーズに動かないことがあります。」 という言葉の通り、最初はなかなかうまく握れません。握れたとしても、500ml入りのペットボトルは重すぎる(オーダーメイドの筋電義手ではなく、装着部が重さに耐えられなかったため)様子。また、慣れない筋電義手と緊張で腕がしびれるなどのトラブルもあり、休憩を挟みながら何度もトライ。最終的にはより軽い容器にストローを使う形で、飲み物を飲むことに成功しました。「コップで水を…」とは少し違った形になりましたが、挑戦を終えたNさんの目には涙が。
水を飲むことに成功!
Nさん 「こんな…当たり前のことが…自分にとっては本当にうれしくて…。もう言葉になりません。本当に、ありがとうございました。」

ステーキにブロックゲームも…筋電義手の実力

徐々に筋電義手の操作に慣れ、緊張も解けたNさん。続いては、ナイフ&フォークを使ってステーキを食べる作業に挑戦します。普段はレストランでも事前に小さく切り分けてもらい、箸を使って食べているそうですが…
お肉を切る様子
左の筋電義手でしっかりとステーキをとらえ、器用にステーキを切り分けていきます。自分自身で、初めて切り分けたステーキの味にNさんは「格別です!」と泣き笑いの表情。
ブロックを積む様子
今度はさらに精密な動きが要求される、ブロックのバランスゲームに挑戦。2cmほどの細いブロックを器用につまんで移動させています。これにはCaNoWチーム一同も「ここまでできるの!」と驚愕。ペットボトルからスタートし、何度も失敗を繰り返しながらの2時間でしたが、筋電義手がだんだんとNさんの身体の一部になっていく様子が見られました。 山野井さん 「切断から長い時間が経ってしまっていると筋が委縮してしまっていて筋活動が弱まっていたり、患者さんが筋の動かし方を忘れてしまっていたりということもあり、通常よりも使用できるまでに時間が掛かってしまうこともあります。それでも筋電義手の使用を通じて筋トレの要領で筋活動が回復し、使うほどにより義手がスムーズに動かせるようになってきます。 今回は短時間ではありましたが、筋電義手を使用していただき、今までできなかったことができたと喜んでもらえたことは、この研究に携わるうえで最も苦労が報われる瞬間です。」 Nさん 「筋電義手のことは以前から知っていましたが、いろんな事情が重なって使用には至らず、いつかずっと使ってみたいという思いを抱えていました。じつは今回の願いを叶えるにあたって、家族からそんなうまい話はない、と反対もされたんです。それでも、私は絶対、絶対、この夢を叶えたかった。筋電義手のおかげで、数十年来の夢が叶いました、本当にどうもありがとうございました。」
Nさんと山野井さんのツーショット

───最後に、髙木先生にお聞きします。高木先生が考える筋電義手の価値とは?

実際、片手だけが欠損している患者さんの場合、機能的には片手だけでも我々の想像以上に器用に、いろいろなことができるという印象があり、それほど筋電義手の必要性を感じさせない方もいらっしゃるのは事実です。 ただ、今回の患者さんからも幼少期のエピソードがあったように、とくに小児の場合では、幼稚園や小学校などの集団生活が始まると、周囲の子どもとちがうことがコンプレックスになってしまうことがあります。ここで動く手があるということが、ひとつの希望になるのではないでしょうか。また親御さんも、先天性の欠損で悩んでしまう方が大勢いらっしゃるなか、筋電義手の存在が心の支えになっている。こういったニーズがある以上、これから筋電義手の開発を進めていきたいと考えています。 ―― 工学と医学の二人三脚で研究開発が進む筋電義手、詳しくは、NPO法人電動義手の会ホームページよりご確認ください。
※患者支援プロジェクトCaNoWとは

人生100年時代、2025年には全人口の約18%にあたる2179万人が後期高齢者に。さらに医療の発達により、さまざまな疾患を持ちながらも、その病と共生する人々が年々増加しています。

「CaNoW」は、病気や加齢などを理由に叶えられなかった「やりたいこと」の実現をサポート。これまでにも先行モニター企画として、「大好きなサッカーチームをスタジアムで応援したい」「病に倒れてから一度も行けていない職場へ、もう一度行きたい」「生まれ育った土地をもう一度観に行きたい 」などの願いを叶えてきました。

詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。

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