患者さんの“退院後の長い人生”に目を向け、より充実した人生を楽しんでもらいたいと「旅行医」としての活動する伊藤玲哉先生。今回、患者さんの願いを叶えるプロジェクトCaNoW※とコラボレーションし、80代の男性患者さんの旅行に同行。伊藤先生が旅を経て得た気づきとは…今後のビジョンについても伺います。ぜひ前編(リンク)も合わせてご覧ください。
【伊藤玲哉(いとう れいや)先生】
1989年生まれ、東京都出身。昭和大学医学部卒業。グロービス経営学大学院在学中。
経済産業省/JETRO主催、『始動 Next Innovator 2019』5期生。
東京都が主催する起業家の登竜門『TOKYO STARTUP GATEWAY2019』にて「人生最期の旅行を叶える医師のつくる旅行会社」のアイディアを発表し最優秀賞を受賞。
患者さんの退院後の人生に寄り添う日本初の「旅行医」として活動中。
麻酔科専攻医・麻酔科標榜医。日本旅行医学会・日本渡航医学会 認定医。
介護士初任者研修・ガイドヘルパー取得。
震災と病で自信失い…患者さんの「旅行」の願いを叶えたい!
───患者さんの退院後の人生をより充実したものにしたいと「旅行医」の活動をしている伊藤先生。今回、患者支援プロジェクトCaNoWとともに、患者さんの旅行に同伴されたそうですが、患者さんの背景について教えていただけますか?
宮城県石巻在住の80代男性Mさんです。元々一人暮らしをしていましたが、東日本大震災の津波で家が流されてしまい、現在は高齢者住宅で生活しています。震災時、幸いMさんはデイサービスにいたためスタッフに誘導されて一命は取り留めたものの、避難所での暮らしを経験するなど、生活は大きく変わってしまいました。主治医からの診療情報提供書によると、2019年6月の検診で腹部大動脈瘤が見つかりステント留置術を実施。さらに狭心症と胃がんの手術歴があります。現在状態は安定しているものの、高血圧や頻脈性不整脈などもあり、薬を飲みながら経過観察しているとのこと。また、脊柱管狭窄症による足腰の痛みやしびれが出現するため歩行も困難で、室内は1本杖にて自立、外出時は車椅子を利用していらっしゃいます。
旅行計画前の問診では、私生活はほぼ自立しており、認知力の低下はなくしっかりされているという状況でした。
───大変な思いをされてこられた方なのですね。
そうなんです。元々旅行が好きだったのですが、震災や病気が重なり、身寄りもなく友人を頼ることもできず、この10年ほどは遠出が叶わなかったとのこと。そうして色々なことを諦めていた。そんなときにCaNoWを知り「医師と一緒なら旅行ができるかも」と、応募したと話してくれました。ご本人いわく、震災や病を乗り越えた「三度目の人生」。家にこもるだけでなく、楽しさを見出していただきたいですよね。
主治医・地元病院の協力で、旅行が実現!
───旅行プランはどのように決めたのですか?
「飛行機に乗ってみたい」というMさんの願いから候補地探すなかで、日頃より私の旅行医としての思いに共感してくれる福岡県内の病院へ医療連携の協力を打診したところ、「是非に」と快諾をいただきました。具体的には、旅行中に体調を崩してしまった際には受け皿になっていただけないかという依頼です。実際に利用することはありませんでしたが、こうしたフォローアップ体制ができていることが、患者さんの安心につながります。診療情報を提供してくれた主治医の先生もそうですが、たくさんの医師の協力があって実現した旅行です。
幸い、福岡の病院の近くには温泉や料理を楽しめるホテルがある。ご本人も「一度福岡に行ってみたかった」ということで、福岡県宮若市にある脇田温泉 楠水閣に宿泊し、2日目は観光をして帰るプランに決まりました。
───実際に旅行をされてみていかがでしたか?
CaNoWチームが事前にしっかりとプランニングをし、航空会社や宿泊施設に対し必要な情報を共有してくれていたおかげで、旅行当日は僕が予想していたよりもスムーズだな、という印象でした。空港では車椅子専用リフトを、飛行機では移動しやすい一番前の席を用意してくれましたし、ホテルでは館内専用の車椅子を用意してくれました。しかも露天風呂付客室を手配してありましたから、入浴もスムーズ。「8年ぶりに温泉につかった…」という嬉しそうな表情を拝見して、思わず私も一緒に入浴させていただきました。食事も部屋食ですので、周囲に気を遣いすぎることもないですし、食の細いMさんに合わせて柔らかめの刻み食を用意していただきました。



───医療連携やプランニングなど、事前にしっかり準備をすることで、患者さんも楽しく旅行ができたのですね。
そうですね。私も、旅行中に何度か体調確認のための診察はさせていただきましたが、やはりスムーズに動けたのは事前の情報共有と、航空会社や宿泊施の協力があったからこそだと思います。また、ご本人のパワーも素晴らしかったですね。当初は50m程度しか歩けないと聞いていましたが、太宰府天満宮では自らスッと立ち上がって参道から本堂、庭園まで歩かれたんです。Mさん自身も「こんなに歩けるんだね。びっくりした!」と驚いていました。「あの梅が見えるところまで歩いてみよう!」って。楽しい目的が出来ると、ご自身が忘れていた力を発揮できるのかもしれませんね。

旅行を経て広がる共感の輪
───素晴らしい旅だったのですね。
そうですね。旅を通じて患者さんがパワーを取り戻すだけでなく、意外な副産物があることに気が付きました。たとえば、飛行機に乗っているときのこと。私、Mさん、CaNoWスタッフの看護師さんが3人並んでいて座っているのが、CAさんの目に留まり「家族旅行ですか?」と声を掛けられたんです。会話の内容からして、どう考えても家族ではないので、この3人はどういう関係なんだろうと不思議に思われたのでしょうね(笑)。それで今回のプロジェクトの趣旨をお話したところ、非常に共感してくださって。空港に着いたときに、CAさんからMさんへ応援メッセージを書いたポストカードをプレゼントして下さったんです。Mさんもすごく喜んでいたし、CAさんも含め私もCaNoWスタッフも、旅行ならではの出会いやパワーを実感しました。

───最後に「旅行医」として、今後のビジョンを教えてください。
まずはチームメンバーを集めて旅行の基盤を作りたいですね。航空会社や旅行会社、また全国各地で患者さんの受け皿として協力して下さる病院など、現在少しずつですが輪が広がっています。今回思いを同じくするCaNoWと一緒に旅ができたこともそうです。COVID-19の拡大もあり少しスケジュールが遅れてしまいましたが、慎重に基盤を固める好機。まずは今年中に会社の設立を目指します。実際に、私自身が同行できる旅はごく一部かもしれませんが、このノウハウが日本中広まって、患者さんが旅行をすることが当たり前になることを願っています。
※CaNoWとは病気や加齢などを理由に叶えられなかった「やりたいこと」の実現をサポートするプロジェクト。
これまでに「大好きなサッカーチームをスタジアムで応援したい」「病に倒れてから一度も行けていない職場へ、もう一度行きたい」「生まれ育った土地をもう一度観に行きたい 」などの願いをサポートしてきました。
詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。
これまでに「大好きなサッカーチームをスタジアムで応援したい」「病に倒れてから一度も行けていない職場へ、もう一度行きたい」「生まれ育った土地をもう一度観に行きたい 」などの願いをサポートしてきました。
詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。