
膵頭部癌ステージ4のKさん。いつ様態が急変してもおかしくない状況の中、「家族と一緒に海が見たい!」との思いでCaNoW※の願いを叶える企画にご応募下さいました。安全に旅行をしていただくために、事前準備や現地受け入れ病院との連携をどのように進めたのか、実践したからこそわかる結果や課題について旅のレポートをお届けします。
膵頭部癌ステージ4が発覚、後悔のない日々を過ごしたい
2020年6月に膵頭部癌ステージ4の診断がついたKさん。診断時には多数の肝転移があり手術は不可能な状態で、7月上旬より抗がん剤の投与を開始。そんなKさんからCaNoWに寄せられたメールにはこんな願いが記されていました。「私は岐阜で生まれ育ったため、海にはずっと憧れがあります。今まで旅行した中でも、特に志摩スペイン村はとても雰囲気が素敵で印象深い場所。コロナ禍で自粛ムードであることは承知していますが、体調が不安定でいつ最後の旅行になるかわかりません。今回は、現地の美味しい料理も食べたいですし、クルージングもしてみたい。できるだけ後悔のない日々を過ごしたいと思っています。」
Kさんの願いを叶えるべく、動き出した今回のCaNoW伊勢志摩旅行プロジェクト。3名の医師と2名の看護師を含む医療連携チームでKさんが安全に旅行を楽しむための計画を練ります(詳細は後述)。
11月上旬に旅行を控える中、抗がん剤は10月19日に2コース2週目を開始、10月23日にはペインスケールが10まで増強し、緊急入院となります。翌日には退院したものの、全身状態が悪く10月26日の抗がん剤投与はスキップに。一時は中止も危ぶまれましたが、利尿剤の投与により体調が安定、計画通り旅行を進めることとなりました。
旅先の病院と地元の繋がりがポイント
今回の医療連携メンバーは、現地受け入れ先の志摩市民病院院長 江角悠太先生、旅行医の伊藤玲哉先生、旅に同行する白月遼先生・山川華奈看護師・勝又春菜看護師の計5名。事前ミーティングでは、Kさんの身体状態や旅行のスケジュール等、情報共有を実施。江角先生からは志摩市民病院にて緊急用のベッドの確保の提案をいただいたほか、志摩地中海村の社長との懸け橋となっていただき、クルーズ船から目的地までの距離や段差など、ガイドブックには載っていないリアルな情報を提供いただいたほか、食事時間や、入浴時の浴室の貸切対応などを調整することができました。
また緊急入院を受け、Kさんの在宅診療を担当する主治医を交えて綿密な打ち合わせを実施。最新の診療情報や、旅行中に起こりうることへの対処について、改めて意思の疎通を図り旅行当日を迎えました。

旅行1日目 いつもは車椅子なのに、ふと杖で歩きだしていた
自宅から車で約2時間半、志摩地中海村に到着です。海の青、木々の緑、白い街並みが美しく、壮大な景色に感動する一行。普段は倦怠感が強く車椅子での移動が多いKさんですが、いつもと違う空気に胸が高まったのか、自ら杖を持って颯爽と歩きだすことも。昼食は、普段は食事制限のため生ものが食べられず、食事量もかなり小量ですが、旅先では許可を得て柔軟に対応。今回の昼食では生ハムなど生ものを解禁され、久々に大好きなピザを口に頬張ると「美味しい!脳が喜んでいるみたい!」と笑顔がこぼれます。
その後、桟橋からクルーズ船に乗船します。


現地受け入れ先病院からのサプライズに感激…!
クルーズを楽しんだ後、再び志摩地中海村に到着。すると、受け入れ先病院である志摩市民病院の江角先生が、直々に挨拶に出迎えてくださるというサプライズが。「お互い顔を見て挨拶をしておくと、何かあったときにもKさんが安心できると思うので」と、志摩市民病院スタッフの皆さまより手作りのお札をプレゼント。予想もしなかった展開に、驚きと感動を隠せないKさんでした。

しばらくして大浴場に移動。特別に貸し切りの許可をいただき、誰にも気兼ねせずゆっくり入浴を堪能。心地よい疲れを感じながら、ゆったりとお湯に浸かりました。
旅行2日目 母子の思いを貝殻にはせて
夜間の体調異常もなく、バイタルチェックを済ませ朝食へ。本来はバイキング形式ですが、新型コロナウイルスの感染を懸念して特別に部屋食にしていただきます。その後、志摩地中海村にある「愛の塔」へ出向いた一行。

「もっと生きたい!」と、力強い字ではっきり思いを乗せるKさん。お母さまは、「あなたの母でよかった」と、常に暖かな気持ちを記します。

「今も今までも我儘を言って、時にはキツイ言葉を浴びせてごめんなさい。いつも、どんな私でも受け止めてくれてありがとう。あと、どれだけ生きていられるか、ネガティブで、毎日怖くて泣いてばかりですが、最後まで見守っていてください。一緒にここまで来られた私は幸せです。でも、この旅が最後じゃなくて、これからももっと思い出を作っていこうね。大好きだよ。お母さん。」
Kさんが手紙を読み終わると、お母さまも涙ぐみながらも「雑なお母さんでごめんね。でも、もっともっと思い出作ろうね」と語り、「頑張ろう!」と穏やかに受け入れるKさん。親子の絆を感じる瞬間でした。


元々生き物が好きなKさん。母が訪れたことがない場所にも一緒に行ってみたいとのことで、ペンギン館やアシカショーを満喫しました。


家族だけでは叶えられなかった旅行
最後に願いを叶えられたKさんとお母さま、旅に同行した白月先生よりコメントをいただきました。Kさん
家族だけでは不安があった旅行。今回は医療従事者の皆さんが付き添ってくださったので、とても安心して旅行を楽しめました。もしもの時に備え、受け入れてくれる病院の手配だけでなく、志摩地中海村のボート乗り場で院長先生が迎えてくださって本当に感謝しています。旅行中はいつもより薬の量が少なくても痛みを感じにくく、気づけば杖だけで歩けていた場面もしばしば。自分でも驚いています。
また、抗がん剤の副作用で味覚障害や、腹水がたまっている状態の中、食事も楽しめたことがなにより嬉しいです。地中海村では入浴や食事時間も融通を効かせて頂き、すべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。海も山もない町で育ち、初日のサンセットクルーズは自然と涙がこぼれ落ちました。とても美しかったです!
お母さま
娘の症状が安定しないため、家族だけで遠出するには不安がありました。今回は、本当に幸せな2日間をすごすことができました。また地中海村のスタッフさん、志摩市民病院の院長先生がお出迎え下さり、皆様に支えられて無事旅行を満喫できましたことに、深く感謝申し上げます。一生の思い出を作ることが出来、幸せを噛みしめています。ありがとうございました。
白月先生
心配していていた急変もなく、穏やかに旅行を楽しめて良かったと思います。普段は車椅子を使用しているとのことですが、旅行中は車椅子を置いて杖で歩きだす場面も多々見られました。さらに旅行中は痛みもかなり軽減したとのこと。当初考えていたよりも、旅行へのハードルは高くないのかもしれないと感じました。
ただし、今回は受け入れ先の病院と地元の繋がりが十分にあったことも旅行が成功した大きな要素だと思います。今後の課題としては、旅行に行く側や在宅診療医だけでなく、受け入れ先の病院や地元の連携、土地勘が分かるアテンダーがいるとより安心度が高まると思いました。
次回は、今回の旅の受け入れ先の病院である、志摩市民病院の江角先生にお話を伺います。今回Kさんを受け入れるにあたり、「ただ待つだけでは物足りないと思った」と語る江角先生。また、病院が経営難に陥り、江角先生以外の医師が全員退職し、急遽院長に就任し、4年間で立て直しを図ることができた経緯についても伺います。
※CaNoWとは病気や加齢などを理由に叶えられなかった「やりたいこと」の実現をサポートするプロジェクト。これまでに「大好きなサッカーチームをスタジアムで応援したい」「病に倒れてから一度も行けていない職場へ、もう一度行きたい」「生まれ育った土地をもう一度観に行きたい 」などの願いをサポートしてきました。詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。