「網膜芽細胞腫」の少年が運転士体験。主治医が疾患を解説

この記事は、2022年12月4日に、医療従事者向けWEBメディア「m3.com」内に、
「特集: 患者の願いを叶える『CaNoW』Vol. 54 「「網膜芽細胞腫」の少年が運転士体験。主治医が疾患を解説」のタイトルで掲載されたものです。

 

遺伝性疾患情報の専門メディア「QLife遺伝性疾患プラス」は、サイトオープン2周年を記念し、「CaNoW」(※)とともに患者さんとご家族の願いを叶えるイベントを開催しました。今回の主役は、生後間もなく遺伝性の「両側性網膜芽細胞腫」と診断された木瀬りょうと君(6歳)。将来の夢は新幹線の運転士になることですが、疾患による視力の低下で難しい状況です。同じ病気を持つ母の真紀さんが「運転士に近い体験をしてほしい」という思いで今回の企画に応募。新幹線シミュレータでの運転体験を実現しました。

さて、網膜芽細胞腫とはどのような病気なのでしょうか。りょうと君の主治医でもある、国立がん研究センター中央病院 眼腫瘍科 科長の鈴木茂伸先生にお話を伺いました。

すべての細胞のRB1遺伝子に変異が生じる

───網膜芽細胞腫は希少がんと言われています。発症率はどのくらいでしょうか?

網膜芽細胞腫は子どもの網膜に生じる悪性腫瘍です。非常に稀な病気で、日本では出生15,000~20,000人に1人、数で言うと年間70~80名が新たに発症しています。

───遺伝性とそうでないものがあるそうですね。

網膜芽細胞腫の原因は、RB1遺伝子です。がん抑制遺伝子と言われるもので、 1つの細胞の中に2つのRB1遺伝子があり、両方がうまく働かない状態(変異)になるとがん化します。 2種類の発症パターンがあり、1つは体の細胞には全く異常がなく、網膜の1つの細胞で両方のRB1遺伝子がうまく働かなくなってがんになるケース。この場合は、患者さんから子どもに網膜芽細胞腫が遺伝することはありません。 もう一つは生まれながらに、すべての細胞に一方のRB1遺伝子の異常が備わっていて、もう一方に異常が出たらがんになる、というケースです。生殖細胞(卵子・精子)の基になる細胞を含む全細胞に変異があるため、子どもに遺伝していく可能性があります。りょうと君は遺伝性なので後者ですね。 非遺伝性が60%、遺伝性は40%を占めています。

───りょうと君の場合、お母さんが同じ病気なので妊娠中に羊水検査を受けています。

羊水の中には子ども由来の細胞が含まれていて、その中にお母さんと同じRB1遺伝子の変異があれば遺伝するという診断になります。遺伝する可能性は50%です。 ただ、遺伝子を引き継いでも発病するのは90~95%とされ、全例が発病するわけではありません。結局は、生まれたあとに目に腫瘍があるかどうかを確認しなければわかりません。親が病気を持っている場合は子どもに遺伝する可能性がありますから、生まれてすぐに眼底検査をして腫瘍があるかどうかをチェックします。りょうと君も検査で両目に腫瘍が発見されたので、遺伝性の両側性網膜芽細胞腫と診断されました。

───両目にできる場合と、片目だけという場合があるのでしょうか?

40%が両側性、残りの60%が片側性です。両側性というのは、両方の目に全く別の腫瘍が多発しているということなので、腫瘍ができたタイミングも別々です。生まれた時に両目にある場合もあるし、その時は片目だけれども後で反対の目に出てくる可能性もある。あとから両側性だとわかることもあるわけです。遺伝性でもずっと片目だけということはあります。

目以外の部位にも腫瘍ができることも

───どのような治療が行われるのでしょうか。

全身の抗がん剤治療で腫瘍の勢いを抑えた上で、目の治療を繰り返して行くことが多いですね。実際、りょうと君も抗がん剤治療をして、腫瘍が小さくなったら光凝固や冷凍凝固、カテーテルを使って目の血管に薬を入れる治療などを繰り返しました。10回以上治療をしましたが、それでは抑えきれなかったので放射線治療も追加しました。 今は症状が落ち着いた状態(寛解)で、経過観察をしています。

───遺伝性の場合は、すべての細胞の一方のRB1遺伝子に変異があるということですが、目以外の部位にもがんができる可能性はあるのでしょうか。

可能性はあります。網膜芽細胞腫のあとからでてくる腫瘍を2次がんと呼んでいますが、胃がんや肺がんのようないわゆるメジャーながんではなく、肉腫という系統のがんができやすいと言われています。 古いデータしかないのですが、50年ぐらい経過観察した結果、2~3割に2次がんを生じるとされています。放射線を使うと2次がんが増えることがわかっていて、昔は目の治療に放射線をよく使っていたから多かったとも考えられます。今はできるかぎり放射線を使わないようになっているので、このデータよりは2次がんも減っているはずです。ただ、同世代のこの病気になっていない人たちよりも、肉腫ができる頻度は上がります。 網膜芽細胞腫になったお子さんはずっとフォローして行く必要がありますし、自分で症状に気づいた時に必ず医療機関にかかるということも重要です。

眼球摘出は免れても、視力が低下する可能性

───網膜芽細胞腫の予後について教えてください。

生命予後で言えば、日本の5年生存率は95%以上。5年大丈夫であれば、その後もおとなまでまず大丈夫、という状況です。実際、りょうと君のお母さんもおとなになって、お子さんを生んで、元気に過ごしているわけですよね。それでも、どの病気もそうですが、100%ということは言えません。 5年はあくまで統計的な区切りでその後再発した方もいますし、2次がんの問題もありますから、長期間診る必要があります。 一方、眼球を残せるかというと、病気の状態によります。がんがある眼球を取ってしまえば治るかもしれませんが、両目を取るというのは避けたい。そのためにも抗がん剤などで治療をしているということです。治療が進歩しているので、ある程度病状が進行していても眼球を残せる可能性はあります。最初から両目を残す方針で治療を開始してみて、どうしてもという場合には進行を抑えきれないほうを摘出することはあります。 りょうと君の場合、眼球摘出は免れましたが、今の矯正視力は良い方の目が0.2、悪い方は「光覚弁」と言って明暗が識別できますが、ものの有無やシルエットはわからない程度です。

───りょうと君が新幹線の運転士になるのは難しいでしょうか。

現実的には今の視力では自動車の運転免許も取得できませんし、自動車よりも基準が厳しい電車の運転士となると難しいと言わざるを得ません。現在の医学では、一度ダメージを受けた網膜の機能を回復することはできないため、視機能に関して将来さまざまな制約が出てくる可能性はあって、今残っている視機能を有効に使って生活したり、勉強したりして、将来の職業を考えていくことになります。 ただ「将来こうなりたい」「やってみたい」という思いは大事で、その職業に就くのは現実的に困難でもそれに近い経験ができたのはとても良かったのではないでしょうか。この経験を糧に、力強く将来を切り開いていってほしいと思います。
【プロフィール】 鈴木茂伸先生
国立がん研究センター中央病院 眼腫瘍科 科長 日本眼科学会専門医、がん治療認定医
※CaNoWとは、エムスリー株式会社が展開する『病や障がいと共にある方』の願いをかなえるプロジェクトです。CaNoWは、病や障がいと共にある方の願いを、医療×人×ITの力で叶えていきます。詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。

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