子どもの医療体験「病院で何かされた!」で終わらないために

この記事は、2023年2月14日に、医療従事者向けWEBメディア「m3.com」内に、
「特集: 患者の願いを叶える『CaNoW』Vol. 56 「子どもの医療体験「病院で何かされた!」で終わらないために」のタイトルで掲載されたものです。

東北大学病院小児医療センターで、唯一の「CLS」(チャイルド・ライフ・スペシャリスト)として活躍する渡辺悠さん。小児医療の現場で、子どもたちを支える重要な役割を果たしています。普段から子どもと向き合い、子どもの思いをくみ取ることに心を砕いているという渡辺さん。今回、新たな試みとして、「CaNoW」(※)に応募してくださいました。目的は小児がん(ステージⅣ)で入院し、症状の悪化により院外に出ることのできない佐藤猛さん(大学生、仮名)の「旅行をしたい」という夢を叶えることでした。

子どもたちが主体的に医療に向き合えるよう支援する専門職

CLSは、医療環境において子どもと家族の精神的負担を軽減し、子どもたちが主体的に医療に取り組めるようにサポートする専門職です。処置や検査、手術など医療体験を受ける子どもが心の準備ができるようプレパレーションや、処置や検査中の支援、発達段階に合わせた病気や治療の説明、遊びを用いた介入を行います。

小児病棟や小児科外来で小児患者さんと関わっているCLSが多いそうですが、成人患者さんのお子さんへの支援を行っている施設もあるとのことです。また、きょうだいの支援も大切な仕事。日本ではまだまだ珍しく、2022年5月現在で49人しか存在しません。

渡辺さんがCLSに関心を抱いたのは、幼稚園教諭を目指して学んでいた大学3年生の時でした。
「ゼミの教授が病弱児教育の研究をしており、『学校ではなく、病院で勉強しながら過ごす子どもたちもいるんだ』と驚きました。そこから、病気の子どもたちを支えるCLSという職業があると知ったんです。病院で頑張る子どもたちと関わる仕事をしたい、また、幅広い年代の子どもたちと関わりを持てる点にも魅力を感じて、CLSを目指しました」(渡辺さん)

日本にはCLSの養成機関はなく、北米の大学か大学院で学ぶ必要があります。 必要な単位を取得し、600時間以上のインターンシップを経て「ACLP」(Association of Child Life Professionals)が定める認定試験を受験します。
渡辺さんはアメリカのメリーランド州の大学院に留学し、資格を取得。帰国後は日本の病院で働き、2016年から東北大学病院小児医療センターで活躍しています。
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東北大学小児医療センターのスタッフと。一番左が渡辺さん、一番右が入江さん。
同院で渡辺さんが主にサポートしているのは、小児医療センターに長期入院している子どもたちです。同センターには公認心理師や保育士も在籍し、連携しながら手厚いサポート体制を築いています。
「CLSとして大切にしているのは、子どもたちが主体的に医療に取り組めるようにすることです。『病院に連れて来られて何かされた』ではなく『検査や処置、治療を頑張った』と思えたら、自信に繋がるかもしれませんし、乗り越える力になってくれたらいいなと思っています」(渡辺さん)

海沿いを走る列車の旅を中継し、病室へお届け

渡辺さんは、日頃の情報収集の過程でCaNoWを知ったそうです。「子どもたちが楽しめるイベントの企画も、CLSの大事な仕事のひとつ。院内でも情報交換しながら、何かできることはないか常に探しています」と渡辺さん。公認心理師の入江直子さんをはじめとした小児医療センターのスタッフに提案した上で、CaNoW事務局に連絡を取ったそうです。

同センターに小児がん(ステージⅣ)で入院している佐藤猛さんに、渡辺さんと入江さんからCaNoWの話をすると、数日考えた後に「旅行に行きたい」という希望が語られました。しかし、治療のため院外に出ることは困難な状況でした。

そこでCaNoW事務局が提案したのが、観光列車旅のオンライン中継です。CaNoWスタッフが列車に乗り込み、スマートフォンで車窓の風景を病室にお届けすることにしました。
乗車するのは佐藤さんが乗りたいと思っていた「リゾートしらかみ」(JR東日本)。青森駅と秋田駅を結ぶ、眺望抜群の観光列車です。

スクリーンとタブレットで無理のない視聴環境を作る

7月某日。一緒に旅を視聴するため、佐藤さんのご家族が病室に集合しました。佐藤さんがベッドから座って見られるよう、目の前の壁に映像を映し出します。さらにタブレットも用意して、寝転んだり姿勢を変えたりしても楽しめるよう配慮しました。
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いつも佐藤さんのそばにいたぬいぐるみ。2体が着ている服は、季節に合わせて佐藤さんとお母さんが一緒に手作りしていた。
旅は、乗車地である青森駅近くの観光エリアからスタートしました。物産館や青函連絡船メモリアルシップ「八甲田丸」などの観光スポットを巡りながら、CaNoWスタッフが臨場感たっぷりにレポートします。

もっとも盛り上がったのが、青森ねぶた祭の山車を制作する「ねぶた小屋」の見学です。コロナ禍のため、普段は観覧が禁止されていますが、今回は特別にねぶた師の協力のもと、中に入れてもらえることに。至近距離から眺める大型ねぶたは、圧倒されるほどの大迫力でした。
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特別に観覧してもらった「ねぶた小屋」
その後、青森駅からリゾートしらかみに乗車。東能代駅(秋田県能代市)のホームでは、JR東日本秋田支社から佐藤さんにサプライズのおもてなしが! リゾートしらかみのPRキャラクターの着ぐるみが笑顔で手を振り、駅員の皆さんが「えぐ来てけだっすな~」(よく来てくださったな~)と書かれた横断幕を掲げてくださいました。
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リゾートしらかみのPRキャラクターがお出迎え
その後は日本海沿いのルートが続きます。打ち寄せる波、神秘的な奇岩、彼方には水平線……。雄大な景色を眺めながら、約6時間の列車旅でした。
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スクリーンを囲み流れた、なごやかな家族の時間

この日、佐藤さんは体がつらい状態でしたが、自分のペースで旅の中継をご覧になっていました。体調への不安から、中継が始まる直前まで病室にいるご家族や病院スタッフは緊張気味だったといいます。
中継が始まってからは、スクリーンに映し出される旅先の風景を見ながら、ご家族で話をするなど、リラックスした『いつもの佐藤家』の雰囲気でした」と、この日同席していた入江さんは話します。
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公認心理師の入江直子さん
最後に、長期入院中の子どもたちの願いを叶える大切さについて、渡辺さんと入江さんはこう語りました。
病院の中でできることは限られているため、子どもたちに『やってみたいことは?』と聞いても、無意識のうちに気持ちを抑えている面があると感じます。 でも、CaNoWのような協力者がいると、子どもたちもより自由にやりたいことを発想できる。そのアイデアの中に、その子らしい個性がいっぱい詰まっているんです」

自分がやりたいことをのびのびと発信する。子どもにとって当たり前のことが、入院中であっても実現できますように。必要な時はどうぞまた、CaNoWにお声がけください。
※CaNoWとは、エムスリー株式会社が展開する『病や障がいと共にある方』の願いをかなえるプロジェクトです。CaNoWは、病や障がいと共にある方の願いを、医療×人×ITの力で叶えていきます。詳細はCaNoW公式ホームページをご覧ください。

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