福島県在住の池田ひろみさんの長男の大空(そら)さん(17歳)は、悪性脳腫瘍の一つ「退形成性上衣腫」の患者さんです。再発を繰り返し、これまで受けた手術回数は17回。直近の入院は4カ月にわたり、「長かった闘病生活から気持ちを前向きに切り替えたい」と、CaNoW(※)に応募されました。

小児に多く発症する希少な脳腫瘍
上衣腫は、脳室や脊髄中心部の表面を覆う上衣細胞が腫瘍化したもので、腫瘍細胞の異形成の度合いによりWHO gradeⅡ(上衣腫)と、大空さんが罹患しているgradeⅢ(退形成性上衣腫)の2種類に分類されます1)。15歳未満の小児に多い希少がんで、発症の4割を小児が占めています2)。
症状は、腫瘍の発生部位によって異なります。テント上の場合は、運動麻痺やしびれ、頭蓋内圧亢進症状などが見られることがあります。テント下の場合は水頭症による頭蓋内圧亢進症状が現れることが多く、歩行困難、顔面麻痺、嚥下障害などの症状が起こることもあります。また、脊髄で発生した場合は、背部痛、脱力などが現れます1)2)。
治療は一般的に外科手術と放射線治療を組み合わせて行います。肉眼的全摘出は、生命予後の改善が期待できるため、強く推奨されます。上衣腫で摘出後に腫瘍が残存した場合は、術後放射線治療が強く推奨されます。退形成性上衣腫では、肉眼的全摘出後の放射線治療が弱く推奨されます3)。
最初は風邪のような症状だった
今回、CaNoWに応募された大空さんが退形成性上衣腫と診断されたのは1歳の時でした。下痢や嘔吐などの症状があり、処方された風邪薬を服用したものの悪化し、首すわりがガクガクになってしまいました。
そこでCT検査をしたところ腫瘍が見つかり、翌日、大学附属病院で緊急手術を受けました。その後もおよそ半年に1回、再発・治療を繰り返してきました。
現在の大空さんのADLは、自力歩行が可能ですがふらつくため、転倒しそうな場所では母親のひろみさんが手を添えて歩行します。意思疎通は、繰り返し伝えると何とか理解ができる状態です。食事は、嚥下食を。手術の後遺症で片眼が閉じないため、朝夕の点眼が欠かせません。
当初の予定より長期化し、家族もつらかった入院生活
2022年の春、治療のため17回目の入院をしました。腫瘍を摘出しましたが、術後のMRI検査で腫瘍の残存が判明したため、放射線治療も実施しました。1~2カ月ほどで退院できる予定が長引き、約4カ月間の入院となりました。
ご家族にとって負担が大きかった長期の入院生活。そんな折、ひろみさんはエムスリーのグループ会社の(株)QLifeが運営する「がんプラス」のサイトを見て、CaNoWの企画参加者を募集していることを知ります。そこからCaNoWのサイトにアクセスし、遺伝性疾患のある男の子が象とふれあう企画に興味を持ったそうです。
大空さんも、以前から動物と触れ合いたいと望んでいました。「動物のぬくもりを感じることで、大空も私たち家族も気持ちをリセットし、これからもがんばっていきたい」とひろみさんは考えました。CaNoWに応募し、当選した時のことを「長い闘病生活が報われるみたいな気持ちだった」と喜びを明かしてくれました。
CaNoWでは当初、動物と触れ合うプランを考えたものの、ご家族全員が新型コロナウイルス感染症に罹患したことや、その後のインフルエンザの流行なども考慮して企画を変更。東京・池袋の「サンシャイン水族館」を貸し切りにして、ご家族で楽しんでもらうプランとしました。
貸し切りの水族館を、車いすも使用しながら自分のペースで観賞
企画当日、福島県から車で上京したひろみさん、大空さん、弟のりくとさん(10歳)。サンシャイン水族館に足を踏み入れると、他にお客さんのいない幻想的な空間が広がります。

最初に足を運んだのは屋外にある「天空のペンギン」水槽です。頭上にまで張り出した水槽を泳ぎ回るペンギン達。大空さんはペンギンを指差し、夢中で見入っています。
その後は館内へと移動。グネグネと動くタコ、ユーモラスなエイ、水槽内をいっせいに回るイワシの群れ……。たくさん並ぶ水槽の一つひとつを、大空さんはじっくりと観察します。
「さかな、さかな」
「動いてる」
何度も声を上げ、身を乗り出しながら、海の生き物達との出会いを全身で楽しんでいました。嬉しくて大きな声を出しても、この日は貸し切り。何の気兼ねもいりません。

そしてCaNoWスタッフからのサプライズ。大空さんとりくとさんに、それぞれカワウソとペンギンのぬいぐるみ、そして大空さんが好きだというチンアナゴのお箸セットをプレゼントしました。

大空さんは、暗い場所では転倒リスクを避けるため車いすも使用しながらも、自分の足で広い館内を観賞することができました。
「家族で行った水族館といえばサンシャイン水族館になると思う。忘れないでしょうね」と語ってくれたひろみさん。今回の体験がご家族の絆を深め、闘病を乗り越える活力となることを、CaNoWスタッフは願っています。

参照:
1)日本小児神経外科学会
2)小児慢性特定疾病情報センター
3)日本脳腫瘍学会 脳腫瘍診療ガイドライン