
埼玉県在住の満尾みよ子さん(69歳)はもともと料理好きで、3人の子どもたちを育ててきました。しかし、5年前にくも膜下出血となり、後遺症によって料理ができない状態に。家族から依頼を受けたCaNoWは、作業療法士の支援のもと、再びみよ子さんに料理の腕をふるっていただく機会を用意しました。道具の選び方や、維持できている身体機能の使い方を工夫すれば、無理だと思っていた料理が実現します。それは、患者さんの「自分らしさ」を取り戻す挑戦でもありました。
片手でも料理できる便利な道具を活用
64歳の時に、くも膜下出血で入院したみよ子さんは、手術と薬物療法、リハビリテーションに取り組み、退院にいたりました。ただ、右半身麻痺と、高次脳機能障害により言葉が出にくい後遺症が残り、好きだった料理から遠ざかってしまいました。現在は左手に頼りながら生活しています。そんな母の姿にふれた次男・裕行さんは、「片手で料理できる道具があれば使って、もう一度母に台所で料理を楽しんでもらいたい」とCaNoWに相談されました。CaNoWでは、作業療法士・岩波貴也さんの力を借りて、左手での料理にチャレンジしていただくプランを練りました。
2024年3月、公共施設の調理室(埼玉県行田市)に、みよ子さんと、裕行さんを含む家族6人が集合しました。
岩波さんとCaNoWは、食材を固定できる釘付きまな板や、滑り止めの吸着マットなど、片手での料理に便利な道具を用意していました。岩波さんから、包丁の動かし方や姿勢などの助言を受けながら、みよ子さんは料理を進めます。



【作業療法士・岩波貴也さんインタビュー】
「リハビリにはまだまだ解明されていない可能性がある」
─── ここからは理学療法士の岩波さんに、リハビリによる機能回復が患者さんにもたらすものについてお聞きします。今回の企画のみよ子さんのように右半身麻痺で利き手が使えない場合、日常生活にどのような難しさが生じるのでしょうか。
岩波 料理に限らず、利き手でない方の手で道具を操作する場合、手に力が入りすぎる傾向にあります。これは麻痺している方の手など、使い慣れていない手を使用する場合も同様です。無理に手に力を入れて使おうとすることで、全身にも余分な力が入り、全身の姿勢がアンバランスになってしまいます。その結果、疲れやすくなり、作業の継続が難しくなってしまう傾向にあります。また、手に余分な力が入ることで、道具の感覚もわかりにくくなり、うまく操作できないとさらに力を入れてしまうといった悪循環になりやすいです。そこで私たち作業療法士は、道具の持ち方や、道具の特性を最大限に生かす動かし方、動かしやすい姿勢の取り方などをアドバイスしながらサポートしています。
─── みよ子さんへのサポートでは、どのようなところに重点を置きましたか。
岩波 みよ子さんは「一人で料理ができるようになりたい」というよりも、「家族みんなで料理を楽しみたい」という思いが強いようでした。そこで、「この数時間を最後まで、楽しく料理できること」を重視しました。具体的には、私が料理道具の操作をアシストし、所々、みよ子さんお一人でチャレンジしていただきました。私の予想以上にみよ子さんの習得が速く、最後はほとんど一人でこなせるまでに上達されました。身の回りの道具とアイデアで、片手での料理が可能に
─── 企画当日は、片手で料理するのに便利な道具を多数教えていただきました。
岩波 メインで使ったのは3つでした。1つめが釘付きまな板で、まな板から突き出た釘に食材を刺して固定できます。特にニンジンやじゃがいもなど転がりやすい食材を片手で切る時に便利です。2つめが、ボウルなどの下に敷いて動かないようにする滑り止めの吸着マット。
3つめが、台置き型スライサー。両手が使える人は、片手で野菜を持ち、もう片方の手でピーラーなどを動かして皮をむきますが、このスライサーは野菜を持つ必要がありません。スライサーの台に置いた野菜を片手で動かすだけで皮がむけます。

─── 釘付きまな板以外は、普段から身の回りにある道具です。必ずしも、特別なものを用意しなくてもいいのですね。
岩波 はい、そうですね。例えばジャガイモなどの皮を剥く作業では、電子レンジで少し加熱していただくと剥きやすくなります。100円ショップに売っている突起付きのゴム手袋なども剥きやすいです。滑り止め付きのスライサーを使用して、麻痺していない方の手で野菜を持ってスライスしていただくことでもやりやすいかと思います。その他にも、片手でお皿を洗う時は、薄くて長い形のスポンジを選び、皿を挟むようにしていただくと洗いやすいですし、お皿が動いてしまう時は吸盤付きの滑り止めマットで押さえながら洗っていただくと洗いやすいです。
最近は100円ショップなどでも画期的な道具が販売されていて、活用できる道具は多いです。
「その人らしいスタイル」の支援が、リハビリの本質
─── ほかに、みよ子さんへのサポートで留意していたことを教えてください。
岩波 今回の企画では、上から見てひと目で量がわかる計量カップも用意したのですが、あえて使用しませんでした。というのも、みよ子さんは「料理は目分量」とのことで、きっちり計量しないスタイルだったんですね。リハビリは、決まったやり方を教えるのではなく、その人のもともとのスタイルを尊重し、自分らしくできるよう支援することが大切です。障がいと共に生きていく上で、「今の状態の自分にできること」を知っていただくことで、可能性が大きく広がると感じています。これは運動麻痺や生活内動作を改善していく上でも非常に重要と考えております。しかし、ご本人にとって「現実を知る」ということは、知りたくない現実も知らなければならないので、簡単なことではないと思います。私たちセラピストは、そういった精神的な面も含めて、良くなるために現実を知っていただくこと、またどのようにすれば受け入れていただけるかという視点を併せ持ちながら関わっていくことが重要と考えております。今回のみよ子さんへのサポートにおいても、その点を重要視しながら関わらせていただきました。
─── セラピストとして、医師に知っていただきたいことがあればお願いします。
岩波 知っていただきたいことというより、私たちセラピストの発信力を高めることや連携の必要性を感じております。私が経験した患者さんで、30年前に脳梗塞を発症され、出会った当時は麻痺によって手の動きはほとんど見られない方がいました。その方は、リハビリ開始から3カ月で手を洗えるようにまでなりました。リハビリにはまだまだ解明されていない可能性があると、私たちセラピストは考えています。また、その可能性を広げていくことが使命であるとも考えております。長寿化と医療の発達で、何らかの障がいを持ちながら人生の終盤を送る人は増えています。そうした方々が、希望を持って生きられるためにも、私たちセラピストも医師の先生方にもっと発信をし、連携を今以上に図っていく必要があると感じています。

株式会社ワイズ
脳梗塞リハビリセンター本部副本部長、作業療法士(OT)
岩波 貴也 氏
介護職、障害者就労支援の仕事を経て、2010年に作業療法士の資格を取得。同年4月より回復期リハビリテーション病院で勤務。2016年に(株)ワイズ入社。脳梗塞リハビリセンター西船橋センター長に就任。