「震えるほどの感動が何度もある」――NPO立ち上げた医師

この記事は、2025年8月15日に、医療従事者向けWEBメディア「m3.com」内に、
「特集: EBMの先へ/患者の願い叶える『CaNoW』Vol. 82 「『震えるほどの感動が何度もある』――NPO立ち上げた医師」のタイトルで掲載されたものです。

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中川悠樹先生は現役の医師であり、病気や障がいのある子どもたちを支援する特定非営利活動法人AYAの代表でもあります。今年3月には、CaNoW(※)とのコラボレーションで、「AYAインクルーシブ 音楽フェスティバル in横浜」を開催しました。京都大学医学部を卒業し、外科や救急の第一線で活躍していた中川先生が、なぜAYAの活動を始められたのか? 医師としてのキャリアを振り返りながら、AYAが目指すものについて教えていただきました。(インタビュー後編)

病気や障害が理由で、やりたいことを諦める子どもたち…

───中川先生が医師を目指したきっかけを教えてください。

きっかけは、「あやこちゃん」という名前の幼なじみの妹です。彼女は生まれてすぐはしかにかかり、それが原因となって9歳で指定難病の亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を発症しました。寝たきりでの闘病生活を10年間ほど送ったのち亡くなりました。幼なじみのお母さんから闘病や介護の苦労を聞いたことで医師になろうと決意し、京都大学医学部に進学しました。


当初は小児科医になろうと思っていたのですが、外科の先生から熱いお誘いを頂戴し、外科医になることにしました。研修医をへて、三井記念病院や横浜労災病院などで外科を4年、救急を7年経験しました。

───あやこさんのように、寝たきりの闘病生活を長期に続けるのは、患者さん本人もご家族も大変です。

あやちゃんのお母さんから聞いたのですが、あやちゃんが遊びに行きたいと言っても移動手段やトイレの問題、体調急変の不安、外出先でまわりに迷惑をかけるのでは……と問題が山積み。ご家族では対応しきれず、断念したことがあるそうです。


私は、医師として働く中で、何の落ち度もないのに病気になる人、特に救急医時代は、目の前で亡くなる人もたくさん見てきました。彼らの姿にあやちゃんが重なるんですね。特にあやちゃんのような人生これからの子どもが、病気や障がいを理由にやりたいことを諦めなければならないのは理不尽だと思いました。もちろん本人もご家族もつらい。「これは解決に向けて取り組んだ方がいい社会課題かもしれない」と考えるようになりました。

あてもないまま勤務医を辞め、本当にやりたいことに気づいた

───医師として経験を積むことで、あやこさんが直面した現状に改めて問題意識を抱いたのですね。

そうですね。2021年3月、あてもないまま勤務医を辞めました。救急医も楽しかったのですが、人生をかけて「これだ!」というものでは正直なかったんです。そんなモヤモヤしていたある時、初対面の人と話していると「医師として何がしたいの?」とたずねられました。その瞬間、「じつは、病気や障がいがある子どもたちに何かしたいんです」という言葉が自然と口から出てきて。そこでようやく自分のやりたいことを自覚し、翌年からAYAの活動を始めました。

───現在はどのような形で、AYAの活動と医師の仕事を両立していますか?

平日は群馬県の透析クリニックで院長を務める傍ら、週末は東京の自宅に戻ってAYAの活動に力を入れています。

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AYAのホームページより

子どもたちが楽しんでいる笑顔が原動力

───忙しい毎日ですが、何がAYAの活動を続ける原動力となっているのでしょうか。

先日の「AYAインクルーシブ 音楽フェスティバル in横浜」でも実感しましたが、イベントに参加してくれた子どもやご家族が喜んでくれることです。ピアノ奏者の倉本知眞さんも、会場の子どもたちもいい笑顔でしたよね。みんなが楽しんで過ごしている姿を見ると、「また頑張ろう」という気持ちがわきます。


震えるほど感動する瞬間って、普通に生きていたらそんなに多くはないと思います。でもAYAの活動をしていると、そうした瞬間が何度も訪れ、心が満たされるんです。そう考えると、AYAは子どもたちのためと言っていますが、じつは自分のためでもあります。

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今年3月に開催された「 AYAインクルーシブ 音楽フェスティバル in横浜」。退形成性上衣腫の治療の合併症と闘う倉本知眞さん(21歳)がピアノを演奏し、中川先生もサックスで共演(写真右)。

AYAの活動を通して、色んな人たちと知り合えるのも魅力ですね。例えばディズニー映画を上映するために、ウォルト・ディズニー・ジャパンと連携したり、東北楽天ゴールデンイーグルスの協力でプロ野球観戦イベントを実施したことをきっかけに、他の複数の球団からもイベントのオファーをいただいたりするんですよ。臨床医の仕事ではなかなかない出会いがあり、私自身の世界も広がっています。

───医師として型にはまらない生き方が印象的です。

NPO代表としての現在の活動に大きなやりがいを感じています。臨床医としての楽しさとはまた違ったものを味わうことができるんです。今後もこの活動に全力を注いで頑張っていきます。

 

中川 悠樹 先生


【プロフィール】
©特定非営利活動法人AYA
中川 悠樹 先生

2009年、京都大学医学部医学科卒業。京都大学医学部附属病院、田附興風会北野病院、三井記念病院、横浜労災病院にて、外科医・救急科医として勤務。現在は細谷腎クリニック 院長、エフバイタル株式会社 事業企画、ふじの町クリニック・健診センター 非常勤医師を兼任。産業医としてサービス業・IT 業・メーカー業など5社を担当している他、IHL(ヘルスケアリーダーシップ研究会)にも運営メンバーとして携わっている。2022年1月に任意団体AYAを立ち上げ、2023年6月に特定非営利活動法人AYAを設立。

掲載元媒体:m3.com

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