■ 服の「着やすさ」を優先して、デザインで選べなかった
「かっこいいな!」「着てみたい」お店に並ぶ服を見てそう思うことは、16歳の少年にとって自然な感情です。でも、生まれつき左の前腕部(肘から先)がなく、義手を着けている河辺さんは「やっぱり脱ぎにくそうだな……」「一人じゃ着られなさそう」と、諦めてしまうことが少なくありません。好きな服を着たいという素朴な願いが、なかなか叶わずにいました。

思い通りに服を着ることは、見た目のこだわりだけでなく、心理面や生活の質(QOL)にも大きく影響することがわかります。
CaNoWチームは、河辺さんから「いつもと違う系統の服装に挑戦したい。どんな工夫をすれば、もっと服が脱着しやすくなるかを知りたい」という願いを受け取り、さっそく実現に向けて計画を練りました。
■ フルオーダーではなく、あえて既製服をアレンジ
障がいに合わせて服をオーダーメイドする方法もありますが、CaNoWチームはあえて「既製服を着やすいように工夫するプロジェクト」にしました。今回限りの一張羅をあつらえるより、自分に合った服の選び方や着脱の工夫を学ぶほうが、末永く河辺さんの役に立つと考えたからです。
スタイリストは、事前のヒアリングをもとにいくつもの服を用意。通常の店舗では遠慮しがちな河辺さんも、ここではスタイリストと一緒に、ゆっくりと服をコーディネートできました。「どんな服になるのか楽しみ半分、緊張半分です」と、はにかんだ表情で語ります。


厚手のパーカーなどは義手を通しにくいため今まで避けてきましたが、PTが簡単な着方をアドバイス。薄手のライナー(女性が試着時、化粧の色移りを防ぐ不織布のようなもの)を左腕の義手に巻いて袖に通し、次に右腕、頭という順番で着ると、一人でも問題ないことがわかりました。
続いて、紐靴にチャレンジ。履きやすいように、スタイリストが靴用のゴム紐を用意していました。一度、セットしてしまえば、あとは履くだけでOKです。河辺さんは、自分でゴムを通せないことを気にしていましたが、PTから「自分でできることと、人に頼んでやってもらうことがあるのは、社会で普通のこと」と助言を受け、納得した様子でした。

この日は、PTとスタイリストにファッションの悩みを相談しました。ネクタイをバランスよく結べない、靴紐がすぐほどけてしまう、レザーバッグのファスナーを閉めにくい……以前から知りたかったことを質問すると、思いがけず「それは普通の人(両腕がある人でも)も練習しないと難しいですよ」という回答。
「障がいがあるから」と諦めていたことが、実はだれにとっても同じように難しいこと。人に相談することで、道が開けるという手応えを感じたのではないでしょうか。
■ 髪型、服、小物…今まで選ばなかったものに挑戦
数日後、河辺さんの姿は美容室にありました。ヘアスタイルを変え、スタイリストと選んだ服を着て“変身”する日が来たのです。河辺さんにとって美容室は初めての経験。少し緊張した表情で鏡の前に座ります。「こういうのがいいんですけれど……」と希望する髪型の画像をスマートフォンで見せると、美容師は「いいね! こういう雰囲気、似合いそう」と言い、和やかなムードで時間が流れました。

■ 随所を「伸びる」仕様にリメイク
その後、スタイリストが用意したスーツに着替えます。初回の打合せを踏まえて、随所に「伸びる」仕様のリメイクを施していました。一番の懸案だったカフスボタンには、ゴムでできたアジャスターを取り付け、義手を通しても引っかかることがなくなりました。以前から憧れていた腕時計も、ベルト部分を伸びる金具に変更。腕にはめるだけで、簡単に着脱できます。

■ 義手を使っていても、どこにでもいる「普通の親子」

パーティションの影からスーツ姿の河辺さんが登場すると、お母さまはパッと笑顔に。いつもと違う姿に、「どなたですか?(笑)、かっこいいですね」と冗談を言うほど、喜びが溢れていました。
続いて、パーカーにショルダーバッグというカジュアルコーディネートに着替えると…。
お母さま「ああ、なんか韓国スターみたいな」
河辺さん「よくいわれます(笑)」
という微笑ましい会話が交わされました。

障がいといえばそうなのかもしれませんが、どこにでもいる親子であり、普通の高校生なのです。既製服をアレンジすることで、河辺さんのファッションの幅は大きく広がりました。これから先、自分で似合う服を選び、上手にリメイクしながらファッションを楽しまれるのではないでしょうか。
■ ファッションは自信をもたらし、人生を楽しくする
ファッションが持つ力について、スタイリストはこう話します。「大げさかもしれませんが、人生を楽しくする要素の1つとしてファッションはあります。服選びは、障がいの有無にかかわらず試したり、失敗したりの繰り返し。色んな服に挑戦してみてほしいですね」

「自分でもこういうのが着られるんだ、とういう感じですね。外見にこだわることは、自信をつける意味で大事なんじゃないかと思いました」
好きな服を着ることで、チャレンジする意欲が沸いた河辺さん。見た目が大きく変わると同時に、内面にもプラスの変化があったようです。障がいの有無にかかわらず「自分が好きなものを自分で選ぶことの大切さ」を感じさせられます。