「視神経脊髄炎スペクトラム障害」(NMOSD)は、視神経や脊髄に炎症が起こる神経難病です。現れる症状は多彩で、視力低下や体の痛み、治療による外見の変化などから、オシャレや外出に消極的になってしまう患者さんが少なくありません。そこでCaNoWでは、「メイクもおしゃれも、自分らしさも諦めてほしくない」と、患者さんたちによるファッションショー&トークショーを企画しました。
■ 大勢の観客がペンライトを振るなか、壇上でポーズ!
ファッションショーは、2025年10月18日に開かれた『第2回国際NMOSDサミット NMOSDの未来を語ろう!』(主催:特定非営利活動法人 日本視神経脊髄炎患者会)の中で実施されました。当日は、皆さん朝早くから会場に集合して、ヘアメイクとスタイリングで大変身。
出番を待つ間は、どの方もちょっと緊張の面持ちでしたが、いざ本番がスタートすると、皆さん堂々たるもの。それぞれの想いを込めたファッションに身を包み、大勢の観客がペンライトを振るなか、一人ずつランウェイを歩いて壇上に上がり、思い思いのモデルポーズでスポットライトを浴びました。
ファッションショーの後には、5名が壇上に並んでトークショーも行われ、参加してみての感想や想いが語られました。
参加者の一人の岡本愛さんは、涙ながらに「去年のNMOSD企画にも参加したかったのですが、外見が変わってしまった自分を受け入れられず、諦めてしまいました。でも、去年参加した方々が皆さん素敵で、今年はやってみたいと思い応募しました。本当に参加してよかったです」と話されていました。
また、唯一の男性参加者の齋藤和夫さんは「皆さんにカッコイイと言っていただき、しばらく着替えもお風呂もやめて、このまま過ごそうかと考えています」と感想を語り、会場に明るい笑い声が広がりました。
患者さんたちのトークを受け、大会長を務めた中島一郎先生(東北医科薬科大学医学部脳神経内科学教授)は「NMOSD治療においてはQOL(生活の質)の向上が非常に重要です。今回のファッションショーは、どんな薬より“効果”が高いと思います」との言葉を寄せられました。
■ 【患者座談会】症状の始まりは様々。別の病気と言われたことも…

ファッションショーが終了した後は、登壇された患者さんたちによる座談会も行われました。 (2025年10月18日 中外製薬株式会社 本社で取材)
※全ての患者さんが、こちらで紹介している患者さんと同じような経過を示すわけではありません。
───NMOSDを発症した時のことから教えてください。最初はどのような症状から始まりましたか?
岡本さん 発症したのは2018年12月で、右耳の後ろにすごい痒みを覚えました。掻いても掻いてもどうにもならないぐらいの痒みで、次に電気が走るみたいなピリピリした痛みを感じました。そこで皮膚科を受診したら「帯状疱疹ではないか」と言われました。
鈴木さん 私は、最初は嘔吐からでした。1週間ぐらい吐き続けたため、入院して嘔吐の原因を調べてもらったけれど異常が見つからなくて。そのうち足に火傷みたいなピリピリした痛みが出たので皮膚科に行ったのですが、「ピリピリだけなら皮膚科ではなく脳神経内科です」と言われました。何となく受診をためらっていたら、ある朝、左目の見え方がおかしくなっていて、それからあっという間に失明に至ってしまいました。
齋藤さん 私の場合は足の痺れです。2022年の秋でしたが、ウォーキングをしていると足首の辺りに痺れているような感覚がありました。その年の12月半ばからは、今度はしゃっくりが始まりましたね。クリスマスケーキを食べられないほどのひどいしゃっくりが続いて、その後にお腹の周りの皮膚に焼けただれたような痛みが走るようになりました。内科で診てもらったら帯状疱疹と……。
岩田さん 今から4年前ですが、私も右脇下の肋骨あたりのピリピリから始まりました。ピリピリがどんどん広がって皮膚科に行ったら「表に出ない帯状疱疹もあるからそれでしょう」と言われたんです。次に始まったのが突発的な嘔吐でした。
野島さん 振り返ると、8年前に難聴になったことが始まりだったように思います。難聴はステロイド薬で治ったのですが、やがて視野が欠けているような感じがして、そのうちに顔面の痺れや痙攣が出てきて、どんどん強くなっていったんです。入院してMRIや脳脊髄液検査などもしてもらったのですが、その時は原因がわかりませんでした。

■ 排泄障害、視力障害…日常生活への影響
───NMOSDは日常生活にもいろいろな影響が出ると言われています。皆さんは、どんなことが大変だったり、つらかったりしましたか?
鈴木さん 病気を発症してから10年になります。何回も再発を繰り返していて、治療のための入院の回数も多いですから、職場で嫌な顔をされたりすることもありました。
岡本さん 私も職場のことでは悩みました。「退院するのは病気が治ったからだ」と思っている人は多いと思うんです。でも、このNMOSDは再発で入院を繰り返すこともあるし、私の場合はひどい倦怠感や後遺症による痙攣などで、退院しても出社できなかったり、動けなかったりしました。職場の人や友人、家族にも、そのことをなかなか理解してもらえなかったですね……。
また、ステロイド治療による影響で大腿骨頭壊死になってしまい、股関節の痛みで、立ち上がったり、落とした物を拾ったりがつらく、生活にはいろいろと支障が出ています。
岩田さん だるさがひどくて家事ができなくなってしまうのも大変ですし、あとは排尿障害ですね。いつ起きるかわからないので、心配で外出にも影響しています。
鈴木さん 私は便のほうの排泄障害があったんです。会社に行ってトイレを見ると、急な便意を催してしまう。しかも自分で止めたいのに止まらなくて、本当に困りました。
野島さん 私は視神経の炎症で視力がとても低下し、現在は左目を失明、右目もボヤッとしか見えません。もともとは映画や観劇が好きだったので、「もう楽しめないんだ」と思うとつらかったです。見えないことで、事故にでも遭ったらと思うと怖くて外出もできなくなり、一時期はひきこもり生活になってしまって。ただ、役所の支援員の方に相談したら、同じような症状のある方とつないでもらえました。その方に音声ガイドで映画や演劇を楽しめると教えてもらい、今は再び出かけられるようになりました。
■ 「おかしいな」と思ったら、怖がらずに脳神経内科を受診してほしい
───記事の読者の中にも、NMOSDで悩んでいる方がいらっしゃるかもしれません。皆さんからメッセージをいただけますか。
齋藤さん 私の経験から、ひどいしゃっくりが続くようだったら、まずは脳神経内科で診てもらってほしいですね。「しゃっくりからNMOSDを連想できるのは脳神経内科医しかいない」と医師から聞きました。真っ先に脳神経内科で診てもらうことで、診断が早くつくのではないかと思います。
岩田さん NMOSDを経験したことで、私は人生観が大きく変わりました。「動けるうち、見えるうちに、見たい景色や行きたいところ、やりたいことをどんどん実行に移そう」という強い気持ちになりました。医師からは「原因がわからず、治らないから難病なんです」と言われましたが、諦めずに希望を持ちつつ、人生を楽しんでいこうと思っています。同じように前向きに頑張っている皆さんは本当に素晴らしく、こういう仲間がもっと増えたら嬉しいです。
鈴木さん 左目が1週間で真っ暗になって、まったく見えなくなった時は、ずっと泣いてばかりいました。でも、だからといって左目がよくなるわけではないし、「右目だけで私は大丈夫。まだ行動できる!」と気持ちを入れ替えて、“推し活”もまたバリバリやり出しました。NMOSDになると落ち込みますが、気持ちを切り替えて好きなことに取り組むことは大切だなと感じています。
岡本さん この病気になってしまった時、「私がいけなかったから動けなくなったんだ」と自分を責めてしまいました。社会のお荷物になってしまったように感じたし、外見が変わったことを人から言われるのもイヤで、閉じこもっていました。でも、一歩外に出てみれば助けてくれる人がいるんですよね。助けてもらうことは恥ずかしいことでも何でもない。「自分はもう終わり」と思わないで、少し怖かったけれど勇気を出して外に出てみて本当によかったです。
それから、“脳神経”と聞くと「怖い」と思ってしまうかもしれません。私も怖くて、ピリピリが出た時に脳神経内科ではなく皮膚科を選んでしまいました。今でも「あの時、脳神経内科に行っていたら、その後は違っていたかも」と後悔しています。だから怖がらず、内科や皮膚科に行くのと同じ感覚で気軽に受診してほしいと思います。
野島さん 専門医の先生方が熱心にNMOSDを研究されていて、生物学的製剤も増えてきています。もしかしたら将来的には治る病気になるかもしれない。だから諦めないで人生を楽しんでほしいです。
───皆さん、本日はありがとうございました。

●木下ことねさん(仮名、20代)
当日、体調不良で参加できなかった木下ことねさんにもお話を伺いました。
(2025年10月31日 オンラインで取材)
5年前の夏、目の痛みとまぶしさで眼科を受診し、網膜剝離を疑われました。同じ頃、足の痛みと動きにくさを感じて整形外科も受診しましたが診断はつかず、総合病院でMRI検査を受けたところ脊髄炎が発覚。脳神経外科での血液検査を経て、NMOSDと診断されました。
目の症状がつらいので、動画の視聴などは1時間に制限しています。本当はもっと映画などを見たい気持ちは強いですね。また、どうしても疲れやすいため、人混みを避けたり、友人からの誘いを断ったりすることがあります。一見健康そうに見えるため「理解されないのではないか」と思い、病気のことを友人に打ち明けられない時期もありました。症状の悪化を防ぐために夏場にサングラスや長袖を着用していると、「モデルじゃないのに」と心ない言葉をかけられたことがつらかったです。この病気のことを、もっと社会全体で知ってほしいと思っています。